異質の邂逅 二

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 長方形の舞台の上、両端にふたりが向かう。人に押され最前列に来てしまったネイサンにはもう、固唾を飲んで見守る以外にできることはなかった。背後で交わされる「どちらにいくら賭ける」という新たな賭け事の声も、その耳には届かない。  こちらに背を向けて歩くイェトを見つめながら、ネイサンは歯がゆさから知らず知らず拳を握った。なぜ自分には力が無いのだろう。自分に力があれば、こんな酷い勝負すぐに辞めさせるのに――――ネイサンの頭には、イェトが彼が何も言えなかった女を無言で追い払ったことなど微塵も残っていなかった。 「――ガキが大人をナメんじゃねぇ!」  戦いの火蓋は、一方的に切られた。舞台の端につくより前に、男が銃を抜いて振り返る。ずるい、とネイサンが思うより先に、男の指が引き金を引いた――――しかしその銃弾は、酒場の明かりを砕いて壁に穴を開けただけだった。 「どこ狙ってんの?」 「――は、ぐぅっ!?」  気付けば、ジョン・ドゥの上にイェトがいる。自分の倍はある身長の男をねじ伏せたイェトは、男の銃をその頭に突き付けた。 「はい、終わり」 「テ、メェ……ッ!?」  一瞬の出来事に、間を置いて周囲から歓声が起こる。はやし立てる声に交じり、高配当を喜ぶ声と男への汚い野次が耳を突いて、ネイサンは顔をしかめた。 「クソが、こんなチビのガキに――ッ!」 「止めといたら? 腕折れるよ」 「っつぅ……!」  身じろぎしようとする男を咎め、イェトが銃口を押し付ける。 「ほら、早く言いなよ」 「……だ、誰が……!」 「いいの? 私は――」  そこで一度言葉を切ったイェトを見て、ネイサンは背筋が凍るのを感じた。無感情に男を見下ろす金色は、無感情故にその行為になんの躊躇もないことを如実に語っていた。 「――お前を殺して鍵を奪ってもいいんだよ」 「――――っ!!」  ――この子はいったい、何者なんだろう。  殺気とも違う、真空のような息苦しさと無をもたらす空気に飲まれそうになりながら、ネイサンは再びこの疑問を抱いた。その見た目とは裏腹に、イェトは紛れもなくこの街の『強者』だった。 「……ま、まいった……!」  イェトの一言は、男を挫かせるのに十分だったらしい。  勝負はほどなく決着を見せ、イェトは男の銃を捨てて立ち上がった。 「マスター、鍵」  端的な言葉に、カウンターの向こうから船の鍵らしきものが飛んでくる。それを難なくキャッチし、イェトは舞台を降りてネイサンの前に戻って来た。 「行くよ」  その淡々とした金色に、先ほどまでの喉元を掴まれるような雰囲気はない。そのことに無意識にほっとしながら、ネイサンはその小さくも決して弱くない背を追った。  ――――そんなふたりを見る、一つの視線には気付かずに。
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