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「夏美にでもそれは言えない。夏美と澪のためとは言ったけど、蜂起にはそういう形で参加する。ただ家族を護ることだけを考えているわけじゃない。それに、いままでは著作でみんなを啓蒙したり、いろいろな真実を暴いてみせたり、蜂起への準備やその思想的なサポート──匿名だったし、ましてや顔写真なんか発表していないので、いまさらその書籍を書いた者です、っていったとして民衆には伝わらない」
「そこはトキさんの誤算というの?」
「そうともいえる……だいたい、ぼくが運動、体育がだめって夏美も知ってるはずだ。火炎瓶ひとつ、満足に投げられないのだから……」
瓜生はそう書くと、水溶紙を手に取り、何枚かにびりびりと破いてトイレに流した。
オーディオ機器からはモーツァルト交響曲の第四十番、第四楽章がはじまっている。分散和音の上昇音形。
瓜生は、水溶紙の隠されたお菓子の袋を指さした。
まだ会話を続けるのかと。
夏美は首を左右にふった。少しだけ、瓜生誠の弱々しさを指弾する表情のままで。
窓の外では、いつものように酸性雨が降り続いている。あと五日か……と瓜生はポケットに隠し持ったUSBメモリを弄びながら、蜂起のはじまる五日後を思った……。
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