18人が本棚に入れています
本棚に追加
「密告があったんだよ」
と瓜生夫妻に告げる。
「いったい誰が?」
知りたいか? との質問に瓜生誠が教えてほしい、そう言おうとした矢先に、たぶんこの護送車のなかでもっとも階級が高いであろう警官が答えた。
そこの席から後ろを見てごらん、と警官は密告者に声をかけた。かろうじて目の位置だけ空いている拘束服から真実が見える。
瓜生誠も夏美も衝撃で口も開けなかった。
「学校で愛国的な道徳教育、それに些細なことも見逃さない注意力、まったくもってすばらしいことではないかね」
警官の言葉など聞いている余裕はなかった。
一緒に護送車に乗っているのは……。
「澪、本当に澪が密告したのか」
瓜生誠は崩れ落ちそうになるが、拘束服はつねに起立だけしか許さない。
瓜生誠や夏美に対し、侮蔑の眼差しでこちらを見ている。
「新しい義務教育、万歳だ……瓜生澪は情報機関や特務にでも入れるだろう」
警官は高笑いした。澪も学校で習った反体制への密告や情報収集が功を奏し、うれしそうな表情で、拘束服姿の瓜生夫妻を見つめている。
護送車は走りはじめる。若き愛国の徒、密告者である澪と、反社会的勢力と認定された彼女の両親を載せて。
「ああ、また雨」そう瓜生澪は誰ともなしにつぶやいた。短すぎる雨上がりの時間だった。今度も長く降るのか、護送車の屋根やフロントガラスを酸性雨が勢いよく叩きはじめる──。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!