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 そんなことはない、瓜生は右手を左右に振って否定した。  それに、と瓜生。もはやただのデモではない、警察、公安、もしかしたら自衛隊まで巻き込む蜂起に、ただ言論だけの文弱の徒は不要だろう、と。  瓜生も土岐も、まだ公安当局には知られていない。  瓜生の著作は文字データを暗号化し、あちこちを経由して、直接製本ができるオンデマンド印刷と製本がゲリラ的に行われ頒布されている。  土岐もまた、社内の出張に偽装して、同時多発蜂起を組織していた。実際には蜂起のリーダーではない。ダークウェブと匿名化プロクシを通しての他活動家とのやりとり……いわゆる前衛も後衛もなく、中央集権的でもない。  まさしくインターネット的、二十世紀中葉の哲学者の言葉どおり根茎(ライゾーム)がその都度その都度、接続を切り替えて稼働する、その概念の実践であった。  あと五日後か……と瓜生は都内を飛び回って同時多発蜂起を組織する土岐の行動力とカリスマ性に感服した。  その証拠に、一度降るとなかなかやまない雨がちの気候にへこたれもしない。彼の着ているライトグレーのスーツを瓜生はじっと見つめた。  数年前から、雨がちの天気がずっと続いているが、追い撃ちをかけるかのように、雨はかなりの酸性を帯びていた。土岐のスーツには横殴りの強い酸性雨にやられたのか、ところどころ小さな穴があいている。いちいち傘はとにかくレイン・コートは着る手間も惜しんでいたのだろう。
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