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 土岐と別れると、瓜生はショッピング・モール内の書店に足を運ぶ。とはいっても、新刊本はみな毒にも薬にもならないものばかりだった。知的な噛み砕きが必要な骨のある本など一冊もない。親鳥が雛に餌をあらかじめ咀嚼して与えるような本。とくに家族連れ向けのショッピング・モール内の書店なので、その傾向が著しい。  さすがに図書館の書庫にまではこうした検閲と監視、思想誘導などはないのだが、それでも少しでもものを考える人間が読みたがるような本……夏目漱石や三島由紀夫、プラトンやニーチェに至るまでの古典などは、マークされているのかもしれない。  これだけで逮捕ということにはまだなっていないが、いずれ近いうちにそうなるだろう、と瓜生は退屈そうな本の並ぶ書棚を見ては、やんぬるかな……と心のなかでつぶやく。顔では、いかにも興味津々で書棚を眺めなくていけないのだが。  読みたくもない文庫本をカモフラージュのため数冊手にとると、瓜生はスマートフォンのQRコード決済、トゥッティペイによる会計を済ませて帰宅の途についた。通称はトゥッペイ。現金やクレジット・カードは数年前から通用せず、このトゥッティペイしか国が認めていない。隣国を真似て、国民ひとりひとりの経済活動の監視も兼ねた決済方法だった。
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