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 なにがオーケストラの合奏(トゥッティ)か……いつからこんな世の中になってしまったのだろう……そうは言っても音楽にはまだ当局は寛容らしい。Bluetooth接続でイヤーピースを両耳に装着すると、瓜生はスマートフォンでジャズを再生する。ポーランドがまだ共産圏だったころ、ジャズは黒人差別に抵抗する音楽としてとらえられた。日本でもそう思われているのか。  そのような側面もあれど、品がなく、汗や土の匂いで満ちた、即興演奏の一瞬一瞬に賭ける官能に満ちた音楽こそジャズなのだが……。  そしてショッピング・モールを出た瓜生を待ちかまえていた酸性雨が気分を憂鬱にさせる。酸性雨だけが憂いを惹きおこすのではなく、蜂起に関してもまた。  瓜生はショッピング・モールの書店で、娘の澪にちょうどいい少女漫画でも買ってくれば読む気もない小説よりもまだよかったと気づくが、戻るのも億劫だった。  言論、表現への弾圧がさほど酷くないころに買った、実験色の強い小説の表紙画を瓜生は思い出していた。まるで雨と涙が入り混じり、自分の顔を少しずつ溶かしていくような……。
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