II

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 それからは夏美と重要な話をするときは水溶紙が必須になった。しかも、スマートフォンの電源を入れたまま、夫婦で音楽を楽しむことを装って、内密のやりとりが可能になった。  なにか聴こうか? というのが水溶紙を使っての秘密の会話のサインになった。もちろん澪が自分の部屋……かつては瓜生誠の書斎だった部屋……にいるときに。 「なら今夜はクラシックがいいわね……そう、ブルーノ・ワルターの指揮、モーツァルト交響曲四十番と四十一番はどうかしら?」  四十番第一楽章冒頭の、胸が締めつけられるようなメロディとともに、夏美が水溶紙に書きつけた。 「本当に蜂起に参加しないつもり? こんな日本になってはじめての武装蜂起なのよ?」  夏美は凛とした表情で紙を瓜生誠に回す。 「それはわかってる、ただ、これまでも言論で闘ってきたとはいえ、発信元を特定されないために危ない橋を渡りすぎてきた。澪や夏美が心配なんだ。ぼくは死刑か禁錮かどうなろうと覚悟はできていても」 「その気持ちはありがたいけれど」  そこまで書いて、夏美は手にしたボールペンをとめた。再び文字が水溶紙にさらさらっと書きつけられる。
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