丸天

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「510円のお返しですね」 そう言って、手のひらに返された硬貨の重み。 向けられた手の甲に走る血管、微かに触れた指先に、心臓がドキッと跳ねた。 そんな自分の反応に、自分で驚いていた。 なぜ今更と思う。   目の前にある血管の浮き出た腕は、正直好物だ。 見れば見るほど、立派な血管だ。 この手の話を同僚とすると、もう職業病だよねという結論に必ずなるのだが、見るのもだが、その感触も好きで、可能ならずっと触っていられる。まぁ、誰のものかにもよるけど… 採血するならあそこだな、点滴するにはここだなと、妄想を巡らして、挙句刺したいとさえ思って仕舞う。そんな話で、飲み会で盛り上がってしまうほど、多分多くの看護師にとっては好物なんだろうけど。 いや、でも、この感覚は、そんな妄想で得られるものではなくて… 多分、違う。 腕だけじゃなくて手だって、節張った指に、浮き出ている血管、いやいや、血管の話ではなくて… いかにも働いている手だなって いつのまにかそんな事を思って、その手を注視していて、お財布に小銭を戻す手を止めてしまっていたようで、はっとその事に気づいて、慌てて視線を上げた私は恥ずかしくて、店主がどうかしましたか?と視線で聞いているのに気づいても、まともな反応が取れなくなってしまっていた。 急いで小銭を財布に戻すと、それをバックに仕舞う。「良かったら、またお願いします」とそんな声が飛んできて、顔を上げると柔らかな笑みがそこにはあった。 誰に対しても言ってる言葉だろうし、目の前にある満点の笑顔だって、きっと営業スマイルだろうし、もちろんそれを真に受けた訳ではないが、何故かますます早くなってしまった心臓。それに戸惑いを覚えて、「ご馳走様でした」と素早く会釈をして、店を出た。 このドキドキなんて、きっと明日には忘れるだろうけど、今日はそれに勘違いさせられるのもいいかなんて思って、にやけそうになる顔を隠すのに必死になりながら、軽くなった足で家路についた。 『丸天』 おわり
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