丸天

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結局、千佳には、『ごめん、やっぱ今日無理』とLINEする羽目になった。 『なに⁈また、仕事??』と、呆れた声が耳に届きそうな返事が返ってくると、『うん、そう』と、すぐに返信する。 『なら仕方ないね。あんまり、無理しなさんなよ』と向こうからもすぐに返事がきて、あれこれ言わないのが彼女の優しさなんだろうなと思いながら、ちょっとだけ表情が緩んだのが自分でも分かった。 千佳のメッセージに癒されたのも束の間、問題はこれからだ。 外来勤務だったその日、病棟に戻ってきた時には、とうに病棟勤務の日勤の看護師は帰った後だった。 パタパタと動いている夜勤の看護師に、「お疲れ様でーす」と通り過ぎながら挨拶されたが、もう返事をする気力も残ってなくて、「……さま」とボソリと呟くように返すと、ナースステーションの端にあるPCの前へとのそりと向かう。 さっきまで、外来の処置室中を同じように走り回っていたはずなのに、一気に気が重くなって、体もそれに伴って鉛みたいになってしまっている。 はぁーっと、大きなため息を吐いたのも無意識で、遠くから見ても分かるほどに肩が落ちている事にも、自分では気づいてなかった。 筋トレ用のリストバンドでもつけてるんじゃないかと思うような手を動かしながら、キーボードを叩いてログインすれば、三通の新着メール。 一通は教育担当の師長からで、それはもう見ずとも分かる内容だったので、正直開きたくなかったが、そう言うわけにも行かないので、ダブルクリックをする。 本日が締切の院内看護研究会の研究計画書を提出してないのは、そちらだけですが、どういうことでしょうか?という、嫌味満載な書き出し。 発信時刻は14:00になっていた。 その後に、本日の勤務は残り三時間ですが、大丈夫でしょうか?と続いた。 そんな事は分かっている。 単純に忘れていたとか、怠けていたとかではなく、これまで何度も何度も何度も、教育担当の師長には、自分たちなりに考えてきたものを提出してきた。 しかし、その度に、白い目を向けられて、あからさまなため息をつかれた挙句、全然出来てないと突き返されて、どうしようもないと呆れ果てられて、毎回毎回、違うことを言い出して、こちらを振り回してきたのはどこの誰だと言いたくなる。 そう思ったところで、痛ててててっと、右の溝内に差し込むような痛みを感じた。 昨日の夜、共同研究者である病棟の師長さんから許可をもらったものを、メールで提出していた。 勤務初めに見た時には返事は来ていなかった。 それから、外来に降りて、処置と検査の介助で走り回って、食事をするために取った休憩も本来の一時間は取れなくて、30分にも満たなかった。やろうと思えばやれたんだろうけど、PCに向かってメールをチェックする気力がもう残っていなかったのだ。 教育担当の師長のように、勤務中目の前にあるPCで、いつでもメールの確認ができる訳でもなく、電子カルテ用のPCはインターネットに繋がっていないので、院内メールを開くには病棟に戻らなければならなかった。しかし、そんな気力はもうどこにも残っていなかったし、休憩中に開いたって、処理する時間はどこにもないのだから。 向こうに言わせれば、全てが言い訳なんだろうけど。 終業時間の少し前に、病棟の師長さんから電話があって、教育担当の師長に連絡して、提出期限を来週に伸ばしてもらったから、あとでまた話しましょうというものだった。 今、目の前に開かれているメールには、昨夜提出した計画書のダメ出しが山ほど書いてあって、そのほとんどは、あなたに指示された通りにしたものだけどと、言いたくなるようなものばかりだった。 これを見る限り、期限を伸ばしてもらったんじゃなくて、伸ばされたんだと思った。
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