天気雨の女

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「こっちゃん、こっちゃんなの?」 女性がまた手探りする。 その手を祖父が握った。 「そうだよ、幸太郎(こうたろう)だよ、こっちゃんだよ」 「こっちゃんって、おじいちゃんのことだったの?」 「そうだよ、信太、この女性、由紀子さんと恋人だった。 そして天気雨の日に雨宿りしていたら、雷に撃たれて死んだ 私だけが生き残り、再び恋をして、子ができて、信太が生まれた」 「そんな、そんなことが......」 「こっちゃん、ねえ、あたしのこと好き?」 「ごめん、別の人と結婚して幸せになっちゃったよ」 祖父が由紀子さんを抱きしめた。 「でも、由紀子を忘れたことは無かった。 由紀子、まだ許してくれるなら、一緒に行こう。 ずっとずっと一緒に」 「これからはずっと?それならいい、なんだっていい。 こっちゃん、もう離さないで、ずっと、ずっと......」 由紀子さんの黒い顔から透明な涙があふれてきた。 「ほら、由紀子、雨が上がったよ。行こう」 由紀子さんの身体を支えながら、祖父が歩き出していく。 「あぁ、ほんとだ、あたたかい。もう雨宿りしなくてもいいのね」 由紀子さんが更に祖父へと寄り添っていった。 祖父も由紀子さんを引き寄せる。 「おじいちゃん、おじいちゃん!どこへ行くの?」 「信太、もう天気雨は怖くないからね。元気で暮らしなさい」 「だめだよ!おじいちゃん、行かないでよ!」 「私はもう幸せに暮らせた。由紀子を独りにしておけない」 「おじいちゃーん!!」 そうして由紀子さんと祖父の身体は次第に透けていった。 雨上がりの日差しの中へと吸い込まれるようにして消えた。
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