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「晶と俺は幼馴染ってのは、最初に言ったよな。家同士の繋がりもあって、兄弟同然だったって」
「うん、そう言ってたね」
「だから俺、あいつのことは良く知ってんだけど……」
ぼくが頷くと、陽平は少し言葉に迷うように、頭をかいた。
「……お前さぁ。晶のこと、どんな奴だって思う?」
出し抜けの問いに、ぼくは「うーん」と考えた。蓑崎さんをどう思うかと言われると――ぼくは少し迷いつつ、口にする。
「そうやねぇ。『エネルギッシュで明るい人』ってかんじ? あと勉強家で、綺麗なひとやなって」
「はあ……やっぱ、そう思うか」
陽平は、ふうとため息を吐く。
「昔から誤解されやすいんだよな、あいつ……まず実家は太いし、派手な見た目だし。弱音とか吐かねえ奴だから、何も悩みなさそうに見えるけど。あれで、結構大変だったんだぜ」
「……そうなん?」
目を丸くするぼくに、陽平は神妙な顔つきのまま、「誰にも言うなよ」って、話し始めた。
「晶は、蓑崎家の長男に生まれてさ――オメガでも優秀だからって、後継として育てられてたんだ。……でもな。妹がアルファだったんで、その席を譲らざるを得なくなった」
「え……!」
「あいつが、八歳のときのことだよ。プライドの高いやつだから、親の前では「うん」ってすぐ頷いた。でも、俺の前ではすげぇ泣いたんだ……「オメガに生まれたくなかった」って」
陽平は、その時のことを思い出しているのか――痛みをこらえるような顔をした。ぼくは、何も言う事が出来なくて……ただ、蓑崎さんの事情を受け止めるにとどめた。
「そうやったの……」
「……ひょっとすると、友達やめられんじゃねえかなーって思ったよ。でも、晶は「弟だろ」って言ってくれたんだ。……それが、嬉しくて」
子どものような顔で、陽平ははにかむ。昔話をしてるせいか、陽平は常より無邪気に笑っている気がした。
なんだか、胸にしみる。
「うん……」
「晶は、それからも変わらなかった。オメガだからって、自分の可能性を諦めたくないって、闘ってきたんだ。今も、研究がしたいって夢のために、リミットぎりぎりで大学へ進学してさ……マジですげぇって思う」
心の高揚を抑えるように、陽平は拳を握りしめている。心から、蓑崎さんを尊敬していると、伝わってきて……ぼくは、ほほ笑む。
「そっか……すごいんやね、蓑崎さん」
「ああ。でも――」
ふいに、陽平の声が低く攻撃的になる。
「誰も、わかってねえんだ……大学の奴らは、結婚前の腰掛けできたオメガだって、晶をはなから馬鹿にしてる。それに、晶の婚約者だって、顔を合わせれば、結婚生活のことしか言わねえんだと。あいつが、何考えてるかも知りもしねえで……!」
唸るように言葉を吐いた陽平が、ダン! と拳でテーブルを叩く。大きな音に、思わずびくりと肩を竦めた。
陽平はハッとして……ばつが悪そうに目を伏せる。
「悪ぃ。熱くなっちまった」
「う、ううん。……知らんかった、蓑崎さんがそんな苦労されてたなんて……」
陽平の言う通り、明るい人やから、悩みなんてないのかなって思ってた。でも……そんな人、いるわけないやんな。
肩を落とすと、陽平は表情を和らげた。
「気にすんな。あいつ、他人に弱みとか見せたがらねえ奴だから」
「そ、そう?……ほな、ぼく聞いて良かったん?」
ひとの事情を勝手に知ってしまって、にわかに不安になる。
すると、陽平はぼくの目をじっと見つめてきた。
「成己……俺は、さっきも言ったけど――晶のことは、兄貴みたいに思ってる。そして、境遇に負けねぇで頑張ってるあいつを、応援してやりたい」
「うん……」
大学で再会し、よりその思いが強くなったんだ、と陽平は続ける。大学で苦労している蓑崎さんに、学部も学年も違う陽平は、直接のサポートはできない。でも、何か力になりたいんやって――
「俺……あいつを支えてやりたいんだよ。弟として、昔世話になったぶん、返したい」
そう言って、陽平はぼくの手を握る。
「でも俺は、お前と結婚するし。気持ちを疑ってほしくない。だから、晶のことを成己に知ってて欲しかった。昨日みたいに、もう喧嘩したくねぇんだ」
「陽平……」
真摯な目に見つめられ、ぼくは息を飲む。
ぼくと結婚する――陽平から、はっきりと言われたのは初めてやと、その時気づいて。
目が熱く潤んで、慌てて俯く。
「なんだよ……何涙ぐんでんの」
「ご、ごめん……」
照れくさそうな声に、気恥ずかしくなる。
手でまぶたを押さえて、にっこり笑う。陽平の目を、まっすぐに見つめ返した。
「ありがとう、話してくれて。ぼく、ちゃんとわかりました」
「ほんとか?」
「陽平と蓑崎さんが仲良しなん、そういうことなんやね。わかった……陽平のきもち、ぼくも応援する」
「成己!」
陽平は、ぱっと破顔する。身を乗り出してきた陽平に、強く抱きしめられてしまう。
急な触れ合いに、頬が火傷しそうに熱くなった。
「よ、陽平っ……!?」
陽平の感情に引っ張られて、芳醇なフェロモンが香る。ぼくは少しくらくらしながら、広い肩に手を置いた。
「晶は、院に残るために頑張ってる。婚約者を認めさせれれば、猶予ができるから……それまで、俺も全力でサポートしたいんだ」
「う、うん。わかった」
しどろもどろになりながら、頷く。
陽平は上機嫌で、ぼくをぎゅっと抱きしめ、体を離す。
「ありがとな。お前が婚約者で良かった」
「陽平……!」
ぼくの胸に、喜びの花が咲く。
このところ、結婚の話をしたがらなかった陽平なのに。こんな、前向きな言葉をくれるなんて。
――ぼくも、陽平を信じて支えよう。家族になるんやもんね。
そう、嬉しそうな陽平に、ほほ笑み返した。
このときの約束を……何度も後悔することになるとも知らず――
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