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「とは言うものの……」
ぼくは、スーパーで頭を悩ませた。かごを持ったまま、食品売り場をウロウロしてしまう。
「何作ったらええかなあ。ぼく、あんまり華やかなお料理のレパートリー、多くないし……」
ぼく、正味……お料理って自信ないねん。センターに居た頃に、家庭科の先生にいろいろ習ったから、ごはんは何とか作れると思ってたんやけど……
ぼくの作るごはんって、陽平いわく「子供っぽすぎる」らしいんよ。
『成己。次はもうちょっと、洒落た感じで頼む』
って、陽平の先輩らが飲みに来るときとか、いつも言われちゃう。
「なにくそー!」と思って、ぼくなりに雑誌とか読んで、ライスコロッケとか、ミートソースとか作ってみるんやけど、どうも違うみたいなん。
――成己さんのメシってさぁ、ホント……ってかんじだよな!
ふいに耳の奥にこだました笑い声を、振り払うようにぶんぶん首を振る。
「えーいっ! お料理に大切なのは、気持ちやしっ」
ぼくは、ふんすと気合をいれて、ブロッコリーを手に取った。
そう、今夜は――蓑崎さんを心から歓待するのが大切やもん。そういうことやったら……と、今まで陽平が話していた情報を総動員して、ぼくはカゴに食材を入れていった。
そして、夜――
「ただいま」
玄関の開く音がして、ぼくは心に気合を漲らせた。
テーブルに並べたお料理をみて、「よし」と頷いて――急いで玄関へ向かう。
「お帰りなさーい」
出迎えに出ると、陽平と蓑崎さんは靴を脱いでいた。白い顔を上げた蓑崎さんは、にこっと笑みを浮かべる。
「成己くん、どうもー。お邪魔します」
「いらっしゃい、蓑崎さん。ゆっくりしてってくださいね」
いつもながら綺麗なひとだなあ……と思いつつ、スリッパを出した。陽平は、ぼくにリュックを渡しながら言う。
「もうメシ出来てる? まだなら、先に飲んでるけど」
「大丈夫、出来てるよ! ありがとうね」
「偉いじゃん」って頭を撫でられて、得意になる。
でも……たしかに聞いてた時間より、だいぶ早かったな。念のため、早めに取りかかっておいて良かったぁ……! と胸をなでおろしてると、陽平が顔を顰める。
「晶の奴が、早く行きたいって聞かなくてよ」
「いいじゃん、別に。準備中なら俺も手伝えば、一石二鳥だろ。ねー、成己くん」
「あはは……そーですね」
悪びれない様子の蓑崎さんに、とりあえず笑っておく。――きっと自由な人なんよね、うん。
陽平たちが手を洗ってる間に、ぼくは大急ぎで料理の仕上げに取りかかった。
お酒とメインのお料理を持って、リビングに戻ると――陽平と蓑崎さんがテーブルを囲んでいた。
「お、お待たせしましたー」
どきどきしながら、テーブルに本日のメイン――ビーフシチューオムライスを置く。
――蓑崎さん、ビーフシチュー好きやって。オムライスは陽平が好き。これなら、喜んでもらえるのでは……!?
あと、これもお好きやと言うエビの生春巻きと、カプレーゼ。他は無難にポテトとたまごのサラダ、はんぺんチーズフライなんかを作ってみた。
お皿を並べていると、陽平がちょっと感心したふうに言う。
「ふーん、成己にしては頑張ったなー」
「えへ。蓑崎さんが来てくれるから、張り切っちゃった」
「そうなのー? ありがとー」
蓑崎さんは、明るい声をあげる。
「じゃあ、さっそく」って、湯気のたつオムライスにスプーンを入れるのを、ドキドキしながら見守った。
一口たべて、蓑崎さんが目を丸くして言う。
「あ、美味しいよー」
「ほんまですか! よかったですっ」
ほんまに緊張してたぶん、余計に嬉しかった。蓑崎さんは朗らかに笑って、身を乗り出すように色々おかずを取って、食べてくれた。
――わー、めっちゃ美味しいっていうてくれる……いい人……
それから、ゆったりとごはん会は進んだんよ。
ふたりは大学の話で盛り上がってて、ぼくはお酒を追加したり、それとなく相槌を打ったりしてた。
「……あれ?」
トイレに立った蓑崎さんが戻ってこなくて、ぼくは首を傾げた。
「陽平、蓑崎さんは?」
「んー……」
陽平ときたら、完璧に出来上がっちゃっていた。真っ赤な顔でテーブルにつっぷして、むにゃむにゃ言うてる。
こりゃダメだ、と自分で探しに行くことにした。
「蓑崎さーん」
てくてくと廊下を歩いていると、ぼくの私室のドアが開いているのに気づく。
何気なく、ひょいと中を覗き込んで――ギクッとした。
「……」
トイレに立ったはずの蓑崎さんが、床に座り込んでいたから。
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