第一章~婚約破棄~

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「仕方ねえだろ? (しょう)のやつ、終電逃したからって、「ネットカフェに泊る」とか言いだすんだぞ。放っておけねぇじゃん」    ぷんぷんしながらオムレツを焼いていると、陽平が隣に張り付いて、弁明してくる。面倒そうな口ぶりに、ぼくはむっとして、言い返す。   「それはそうやけど! 三人で一緒のベッドに眠らんでもええやんか。陽平、デリカシーなさすぎ!」 「はあ? お・ま・えが、ベッド一個しか買わねえからだろうが」 「で、でもっ。ソファもあるやん」    来客用のベッドも兼ねるソファのことを言うと、陽平は眉を跳ね上げた。   「それは、お前が先寝てるから悪いんだろ」 「へ?」    問答に飽きたのか、陽平は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、キッチンを出て行った。  なんじゃ、さっきの。どういう意味?  頭にハテナを飛ばしながら、オムレツをお皿に乗せていると、ちゃんと服を着た蓑崎さんが、キッチンに入ってくる。   「わあ、良い匂い」    笑んだ右目の下に、鮮やかな赤い花の紋様が浮かんでいる。  蓑崎さんは、ぼくと同じ男性体のオメガだった。でも、すらりと背が高く、匂うような色香があって。今年で二十歳を迎えるというのに、「中学生みたいだね」って言われるぼくとは大違いの人。  白い首を守る黒の首輪(オメガの項を守るもの)さえ、どこか色っぽくて、つい自分のそれをなぞった。   「朝ごはん、俺の分まで作ってくれたの? なんか悪いな」 「あ、いえいえ。大したもんちゃいますし」    慌てて手を振ると、おかずを見ていた蓑崎さんがトレイのヨーグルトを指さした。   「これ無糖でしょ? このまま?」 「はい、そうですよ」    陽平は健康志向で、毎朝ヨーグルトを食べる。ぼくからすると、ジャムとか乗っけた方が好きなんだけど、陽平はすっぱいままがいいんだって。そこで、ハタと気付く。   「あっ。蓑崎さん、甘いのがええですか? ジャムで良かったらありま……」 「ちょっと使うね」    ぼくが言い終わる前に、蓑崎さんが冷蔵庫からオレンジを取り出して、ナイフで皮を剥き始める。え、なにしてんのこの人? ぎょっとするぼくの顔を、蓑崎さんは窺うように見た。   「あのさ、昨夜のこと気を悪くした? 俺は悪いって言ったんだけど、陽平が聞かなくてさ。あいつ、心配性すぎだよね。成己くんも知ってると思うけど」 「ああ、そうですねえ……」    しまった。  オレンジが気になって、生返事になっちゃった。  幸い、蓑崎さんは気にならんらしく、話し続けとる。   「でも、あんまり怒らないであげてね。俺達が帰ってきたら、成己くん、もう寝てたじゃない? そしたら、陽平の奴「ソファに運んで、起こしたらかわいそうだろ」って。だから、三人で寝ようってなったんだよ」 「……はい?」 「成己くん、あいつに愛されてるね」    オレンジを切り分け、ヨーグルトのお皿に乗せた蓑崎さんは、悪戯っぽくウインクする。  固まってるぼくをよそに、トレイを二つ持って、キッチンを出て行った。   「陽平~、成己くんの愛情ご飯だよ」 「うっせ。からかってくんじゃねえよ――って、このオレンジ……」 「陽平は、ヨーグルトはオレンジないと駄目だろ? わざわざ切ってあげたんだから、有難く思えよ」 「はあ? ガキ扱いしやがって!」 「でも、好きなんだろ?」 「うっ」    ダイニングから、賑やかな会話が聞こえてきて、ぼくはわなわなと震えた。   ――なんかコレ、おかしくない!? 絶対、おかしいよな!?    な、なんで当然のように、ぼくがソファで寝る人なん? そら、ぼくのがチビやから、ソファでも狭ないけど、恋人やで!?  なんか、勝手にオレンジも切ってるし! 陽平も、いつもヨーグルトはそのまんまがええって言うやん! 甘味欲しかったんやったら、言うてやっ。    ぼくの憤懣をよそに、ダイニングからは食器のぶつかる音と、談笑が聞こえてくる。  取り残されたぼくの分のトレイを見ると、よけいにがっくり来てしもた。  
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