第一章~婚約破棄~

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 お昼前に、ぼくはセンターで健診を受けていた。  オメガは特殊な体のつくりをしているから、定期検診が義務付けられてるんだ。特に、卵巣や子宮の健康状態は大切やから、入念な検査が行われる。   「……うん。成己くん、今月も何の問題もない。健康な子宮だね」 「わあ……よかったです」    お腹に当てていたエコーを外し、主治医の中谷先生が微笑む。  ぼくは、ほっとして胸を撫でおろした。先生も、カルテを書きこみながら、少し砕けた口調になる。   「そうだ。成己くんは、来月に結婚するんだよね。本当におめでとう」 「はい! ありがとうございますっ」    ぺこ、と頭を下げると、先生はにこにこと言葉を継ぐ。   「赤ちゃんの頃から診てきた、成己くんが結婚か……私も、年をとるはずだなあ」 「えへへ……これからも、よろしくお願いします」 「そうだね。――子どものことは、彼とは話し合ってるかい?」    その質問には、ぎくりとする。  陽平はこの頃、子どもの計画を話したがらず、すぐに話をそらしてしまう。以前はそうじゃなかったのに、蓑崎さんと会ってから――   「成己くん、どうしたの?」 「あ、いえ! ええと、城山のご両親には、今年中にでもって言われてるんですけど。……ぼく、ちゃんとできますか?」    怪訝そうに尋ねられ、慌てて笑顔を作った。大事な話の最中やのに、すぐにウジウジしちゃって、良くない。  先生は「ふうむ」と唸りつつ、カルテを捲った。   「成己くんは、ファーストヒートは十四歳の七月だったよね」 「はい」    十四歳の誕生日の夜、ぼくは初めての発情――ヒートを経験した。  それは、なんの前触れも兆候もなかった。  センターの先生たちが、誕生会をしてくれて……ケーキを食べて、楽しい気持ちでベッドに入ったのに。――深夜ごろ、急に体が熱くなったんだ。   『……おなか、苦しいっ……たすけて……!』    ヒートは「素敵なもの」って聞いてたのに、全然違った。  おなかが爆発するかと思うほど、苦しくて――その上、まだ精通さえなかったぼくは、どうしたらいいのかもわからんかったから。 『だれか……!』  ただ、この苦しいのから逃れたくて、助けて欲しくて、泣き叫び続けた。  それで――気づいたら、色んな管に繋がれて、ベッドに眠ってたんや。  そのとき、中谷先生が説明してくれたことには、ぼくは恐らくヒートが重い体質なんだそう。でも、子宮が未熟なせいで、心身に負担がかかりすぎたんやって。  やから、子宮が成熟して安定するまで、ヒートが来ないように、抑制剤でコントロールしてきた。    ――ぼくのからだ……ちゃんと、ヒートに耐えられるのかな。     胸の奥が、不安でぎゅって締め付けられる。手を握り合わせて、中谷先生をじっと窺い見た。  すると、先生の笑い皺が深くなる。   「今まで、よく頑張ったね。もう、成己くんの子宮はきちんと成熟してるし、十分に妊娠が可能だよ。ヒートだって正常に来るだろう……今年中に子供が欲しいなら、今月から抑制剤を止めてみてもいいと思う」 「ほ、ほんまですか……!?」    ぱあっ、と目の前が明るくなる。  中谷先生は、「また、パートナーと一緒に来てね」と言ってくれた。   「はいっ。先生、本当にありがとうございます……!」    こみ上げる涙をこらえて、ぼくは何度も頷いた。    
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