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◆◆◆ 裕之が事務所にきた日から、2日後にカシラと会わせる事になった。 田西の事はカシラが許可したので、3人で行く事になる。 学校は早く終わるという事だったので、午後になって裕之を迎えに行く事にした。 時間はあっという間に過ぎていき、遂にラブホに向かって出発となった。 ラブホに行く事は裕之に伝えているが、いざラブホに着いたら、裕之は辺りを見回して『うわー、これがラブホかー、すっげー』っとはしゃいだ。 ここはガレージ式で、カシラからは一番奥の部屋を使うと聞いている。 田西はそこへ車をとめたが、ガレージにカシラの車はない。 ここは俺らの組が所有するホテルだから、裏へとめてるんだろう。 お忍びだからカシラはひとりで来ると言っていたが、ひとりとは言ってもやっぱり不安は拭い去れない。 俺はやっぱり嫌だったが、田西と共に裕之を連れて部屋に入った。 裕之はキョロキョロしっぱなしだ。 まぁーこういう事に興味を抱く年頃だし、当然か。 「カシラ、連れて参りました」 俺が先に立ってドアをノックし、中に向かって声をかけた。 「おう、入れ」 カシラはお待ちかねのようだ。 「失礼します、裕之、こっちだ」 裕之の背中に手をあてて中に連れて入り、田西は俺らの後から入ってドアを閉める。 カシラはソファーに座っていた。 裕之をそばに連れて行ったが、裕之は体を強ばらせてペコりと頭を下げる。 いくら生意気なガキでも、若頭を前にしたら緊張するんだろう。 「あ、あの……初めまして、仲本裕之です」 カチコチに固まって挨拶する。 「おお、お前がうちに入りてぇと言ったのか」 「はい」 「俺は若頭の東堂だ、へへっ、まだ可愛らしいからよ、ちょいとはえーな」 いつも顰めっ面の東堂さんが笑顔を見せている。 俺は不安が増してきた。 「あの、わかってます、16になったらお願いします」 裕之はもういっぺん頭を下げて頼む。 「ああ、わかった、うちもな、わけぇ奴は大歓迎だ、おお、ま、座りな、こっちに、隣に来い」 東堂さんは手招きして裕之を呼び寄せたが、ラブホのソファーは向かい合わせになってねーから、裕之はどのみちカシラの隣に座る羽目になる。 「はい、じゃあ……失礼します」 「おお、ははっ……」 裕之が遠慮がちに隣に座ったら、カシラは上機嫌で片腕を背もたれにかけた。 俺と田西は少し離れた場所に立っているが、俺は気が気じゃなかった。 「なあ裕之、お前、ヤクザが好きなのか?」 カシラは顔が緩みっぱなしだ。 「あ、いえ……、最初は怖いって思ってました、でも葛西さんに会って違うって思ったんです」 「ほお、葛西がどう見えた?」 「っと……、パッと見怖いって思った、だけど、俺が話をするとちゃんと答えてくれるし、この人は大丈夫かなって……そう思ったんです」 ちゃんと答えてたっていうか、ありゃ説得してたんだ。 「へへっ、そうか、で、イメージがよくなったんだな?」 「あの……俺は葛西さんに借金の事でお願いしたかった、だから葛西さんに付き纏ってました」 裕之の奴、事情を話したが、そこら辺は詳しく喋らねー方がいい……。 「んん、そうなのか?」 「はい、で、そうするうちに葛西さんが解決策を出してくれて、助かりました」 肝を冷やしたが、俺達の事を口にしなかったのでホッとした。 「んー、しかしよ、ありゃうちが買っちまったしよ、いずれは手放さなきゃならなくなる、ま、うちはそれで助かるが、裕之、お前んとこは大してメリットはねーぞ、ただ……今すぐ追い出されずに済むってだけだ」 カシラの言葉が地味にチクリと突き刺さってきた。 「はい、わかってます、それでもいい、いきなり出て行けって言われるよりは、3年あるだけでも、お別れする準備って言うか……気持ちが違います」 裕之はそんな風に思ってたのか……。 「泣かせるじゃねーか、お前のような可愛らしいガキがよ、大人の都合で苦労するのは忍びねぇ」 意地悪なカシラにしては、やけに温情のこもった台詞だ。 「へへっ、いえ、大丈夫です、俺、韮組に入るから」 くっ……それは言っちゃダメだ。 「おお、うちに来な、おめぇは可愛がってやるぞ」 カシラは破格の待遇で迎える勢いだが、どさくさに紛れて裕之の肩を抱いた。 マズいような気がしたが、肩を抱く位普通でも有り得る。 俺は自分自身に言い聞かせながら、ヒヤヒヤして成り行きを見守った。 「ありがとうございます」 裕之は頭を下げて礼を言い、カシラを見上げて微笑んだ。 「おお、任せな、おめぇ……可愛いな」 カシラは裕之の頭を撫で回した。 「っ……」 あんまり触るなって言いたいが、言えねぇ。 四七築組のカシラと売り専に行ったと話していたが、カシラはそっちのけはなかった筈だ。 まだ初心者だろう。 今日会ったばっかしで、これ以上手を出す事はねーと思うが、ずっと手を握り締めているせいで……手のひらが汗でギトギトになってきた。 ……と、不意に着信音が鳴った。 カシラの方から聞こえてくる。 「おお電話だ、裕之、ちょいと悪ぃな」 カシラはポケットからスマホを出して電話に出た。 『おお、俺だ』 俺は耳をそばだててカシラが話すのを聞いていたが、どうやら……急用が入ったらしい。 肩の力がすーっと抜けていった。 カシラは電話を終えてポケットにしまい込むと、裕之の頭を撫でて残念そうな顔をする。 「すまねー、行かなきゃならなくなった、裕之、また会えるか?」 すっかり裕之の事を気に入っちまったようだ。 「はい!」 裕之は目をキラキラさせて頷いたが、俺は今回限りにして欲しいと願っていた。 「おう、お前ら、今日はここまでだ、俺は行く、見送りはいらねー、これで裕之になにか食わせてやれ」 カシラは立ち上がって俺達の前にくると、財布から金を出して渡してきた。 日頃ドケチなカシラが……。 かなりびっくりしたが、田西も目を見開いている。 俺はカシラから万札を受け取り、深々と頭を下げてカシラを見送った。 カシラが居なくなると、田西が口を開いた。 「兄貴……、俺、あんなカシラは初めてっす」 「ああ……」 こんな事までするって事は、こりゃあんまりいい兆候とは言えねぇ。 そりゃ……裕之はハキハキ受け答えをするし、ヤクザに好感を持ってるし、俺らの組に入りたいと言う。 見た目もまん丸い面をした童顔の少年だ。 むしろ、気に入らねー方がおかしい。 「今のところは大丈夫みたいですが……、兄貴、この先も会うとなりゃヤバくないっすかね?」 「ヤバいかもな……」 こりゃ、益々頭が痛くなってきた。
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