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◆◆◆ 「うーん……、頭痛てぇ」 カシラに裕之を会わせた数日後の夜、また飲み会があり、不運な事にまたしても刈谷と一緒だった。 奴はやたら絡んできて、ペラペラと喋りまくった。 売り専に行ったと話し、俺は聞き流していたのだが、事細かく何をしたか話す。 奴の聞きたくもねー変態プレイを散々聞かされ、気を紛らわそうとしたら……飲みすぎた。 お陰で久しぶりに二日酔いだ。 「兄貴、これをどうぞ」 事務所の机に突っ伏していると、田西がすっと液キャベを出してきた。 「おお、ありがてぇ……」 いつもよく気の利く奴だ。 会合に儀礼的な付き合い、それがなくても飲み会……。 飲み会は友好を深める意味もあるんだろうが、このままじゃ肝臓がイカレちまいそうだ。 液キャベを一気に飲み干した。 「あの、ちょっと前に裕之から電話があって、事務所に来ていいかって聞いてきたんすけど」 そういや、さっき田西は誰かと電話で話をしていた。 「おー、そうか……、お前、相手をしてやれ、俺は奥で寝てるわ」 裕之と話をしたらしいが、俺はグロッキーだ。 事務所には仮眠用の座敷がある。 裕之は田西に任せて少し寝る事にした。 「あ"ー、駄目だこりゃ……」 奥へ向かって歩いていくと、事務所番がそばにやってきた。 「兄貴、ひょっとして寝るんすか?」 「ああ……」 「じゃあ、布団敷きます」 「おお……」 事務所番が慌てて座敷へ向かって走って行ったが、俺は頭が痛くて早歩きすら辛い。 座敷のある部屋の前に行き、ドアを開けて中に入った。 「兄貴、ジャージ出しましょうか? スーツ、シワになったらあれなんで」 座敷に上がると、既に布団が敷いてある。 事務所番はまだまだ下っ端だが、こいつはやる事が早い。 「いや、ちょっと寝るだけだ、パンイチで寝るわ」 「そっすか、じゃあ、あとで水を持ってきます」 「おお、わりぃな」 よく気が利く奴だ。 こういう奴は貴重だし、順調に出世するだろう。 こんなヤクザみてぇな稼業でも、気が回らねぇ、空気が読めねー奴はまずやっていけねぇ。 その点、裕之はしっかりしてる。 してるが、ヤクザになるのは反対だ。 にしても……、カシラは一体どういうつもりなのか。 興味本位でただ会うだけだとしても、毎度ラブホテルじゃよくねーに決まってる。 「あー、参った……」 服を脱いで布団に入り、額に手の甲を乗っけて天井を拝んだ。 裕之は16で組に入るつもりらしいが、今時中卒じゃ悲しすぎる。 インテリヤクザを目指すなら、勉強しなきゃ駄目だ。 って……俺はなに考えてるのか……。 二日酔いで頭が回らねぇ。 カーテンの隙間から陽の光がさしてるが、瞼が重くなって目を閉じた。 夢を見る暇もなく、ぐっすりと眠っていたら、額に何かが触れてきた。 「ん……う……」 目を開けると、ぼやけた視界の中にまん丸い面がある。 「葛西さん、大丈夫ですか?」 裕之だ。 心配そうに顔を覗き込んでいるが、額に小さな手が乗っかっている。 「おお……、ただの二日酔いだ、なんだ、熱でもあると思ったのか?」 「はい、二日酔いだと聞きましたが、一応気になって」 裕之はすっと手を引いた。 「大丈夫だ、ははっ……、適当な理由をつけてサボってんだよ」 俺の事なんか心配する必要はねぇ。 冗談めかして言った。 「あ、そうなんだ、へへっ」 「こんなとこにいてもつまらねぇぞ、田西に遊んで貰え」 「俺、小さな子供じゃないんで、遊ぶ必要ないです、あの……服を脱いでるんですね?」 「ああ、シワになるからな」 「そっか……、やっぱり凄いな、いつもネクタイしてるし、全然見えないから」 「墨か?」 「はい」 「俺は上だけだからな、中にゃ足首までびっしり入れてる奴もいる」 「そうなんだ、俺、今こうして葛西さんと話をしてるのが不思議に思うんです」 「何故だ?」 「そういう刺青を入れてる人は、もっと怖いと思ってた、とても近づけないだろうなって」 「そりゃまぁー、そういうイメージがあるからな、それによ、実際、イキがる為に入れる奴もいる、そういうのはやたら偉そうにするが、ま、とは言っても……昔みてぇに墨を晒す事はできねー、墨を見せただけでも通報レベルだ、組だって昔は仰々しい1枚板の看板を出してたんだが、今はそんなもんを掲げたらマズいからな、看板なしで普通の表札だ」 「そっかー、色々大変なんですね」 「はははっ、ああ、大変だ、だからよ、組に入りてぇだとか、やめとけ」 話の流れでその話になったが、これは大事な事だ。 この際、ちゃんと言っておいた方がいい。 俺は起き上がって座った。 「どうしてですか? 俺、葛西さんと田西さん、2人と一緒にいたい、どうせ家はなくなるんです、父さんと2人でアパートを借りる事になるし、だったら……俺、部屋住みします」 「ああ、だけどよ、お前、インテリヤクザを目指すなら、学をつけなきゃマズいぞ」 「はい、通信制で勉強します」 「おお、通信制か……」 その手があったか……。 「通信制なら学費も安いし、毎日通う必要もない、勉強はします」 「しかしよ、部屋住みってのは、運がよけりゃ小遣いくらいは貰えるって位で、基本給料なんかねぇぞ」 「あの、学校の費用は父さんが出すから、大丈夫です」 「はあー、なあ裕之、わりぃ事は言わねー、ヤクザはやめとけ、諍いが起きなきゃいいが、もし抗争になったら、下手すりゃ服役する事になる、刑務所だぞ、前科もんだ、それがなくてもそもそもカタギのような生活はできねー、世間から白い目で見られ、付き合いだなんだと浴びるように酒を飲む、ムショに入らなくても、体を壊しちまう、大抵皆肝臓をやられるが、糖尿なんかになったら悲惨だ、ありゃ最初は太るんだが、病気が悪化したら痩せ始める、ガタイのいい奴がそうなったら目もあてられねー、萎びてヨボヨボのミイラみてぇなるんだぜ」 「じゃあ、俺は健康的なヤクザを目指します」 「はあ? いや、あのなー、だからよ、付き合いがうるせぇんだ、誘われて飲みに行って、飲まねーわけにはいかねぇ」 「アレルギー体質って事にします、酒を飲んだら、アナフィラキシーショックで死ぬって」 「お前なー、いや、まぁー、実際アレルギー体質の奴もいるけどよ」 ごく稀だが、アレルギーで飲めねぇ奴がいる事はいる。 「じゃ、問題ないですね、俺、決めたんで」 「はあーあ……、頑固な奴だな」 こりゃ、説得するのは簡単じゃねぇ。 今はこれ以上言っても無駄だ。 それよりも、カシラとの事は用心しなきゃマズい。 「わかった、じゃあよ、それはひとまずいい、カシラの事だ」 「はい」 「あのな、カシラは……お前の事をかなり気に入ってる、だからな、あんましくっついちゃ駄目だ」 「あの、俺何となく思ったんですが、東堂さんはあれですか? 俺みたいな中学生が好きなのかな? だって……他所の組の刈谷さんって人はそういう嗜好みたいだし」 裕之はまたマセた事を言ったが、だとすりゃ、ここは遠慮なしでハッキリ話した方がよさそうだ。 「ああ、とは言っても、カシラが興味を持ったのは、つい最近だ」 「そうですか、あの……じゃあ俺を買いたいと思ってるのかな? また会う約束をしたし」 「いや、そこまではねーと思うが、なんせ内緒で会ってる、ラブホなら誰にも見られねーし、そういう点じゃ安心だが……、今はなにもなくても、そういう事をやる可能性はある、だから俺は困ってるんだ、俺はお前をそんな目に合わせたくねー」 「俺……、ほんと言うと……興味ある、でも、もし買われるなら、やっぱり葛西さんがいい」 興味あるって……。 しかも俺に買われてぇだとか、何言ってやがる。 思春期真っ盛りな年頃だし、好奇心から馬鹿な事を言ってるに違いねー。 「ちょっと待て、俺はそういう目に合うのを心配してるんだ」 「あ、そっか……、兄さんだからですか?」 「おお」 「じゃ、兄さんは取り消してもいいです、俺を買ってください」 裕之はまた我儘を言い出したが、それは無茶な我儘だ。 「こら裕之……、マセた事を考えるな、ケツなんか掘ったら、ビリッと切れて血がどばーっと出て、痔になっちまう、それはそれは痛ってぇぞー、もうな……椅子にも座れなくなるんだ」 こうなりゃ、大袈裟に言って脅してやる。 「それは嘘だ、俺、調べました、ちゃんと慣らせば大丈夫だと書いてありました」 「かー、こいつぅー」 そんな事を調べるなんざ、無駄な知識を得やがって……ったく、裕之にはほとほと参っちまうぜ。 「失礼します」 事務所番が水を持ってやってきた。 「水と、ジュースと菓子もついでに」 「おお、気が利くな」 「いえ……、じゃ、ゆっくり休んでください」 事務所番は俺用の水と裕之の分も持ってくると、それらを置いて立ち去った。 「ああやって働くんですね?」 「ああ、そうだが、あれは盃を交わしてる、正式にうちのもんだが、部屋住みはすぐに盃を交わしちゃ貰えねー、しばらく親父の家に住み込んで修行するんだ」 「礼儀作法とかですか?」 「そうだ」 「組長はなんて名前なんですか?」 「橋詰留五郎だ」 「へえ、渋い名前だなー」 「だろ? 俺は親父を尊敬してる」 「そうなんですか?」 「ああ、親父も年だ、じきに70がくる、姐さんは先に逝っちまった」 「姐さんって、奥さんの事ですか?」 「ああ、もうあの年じゃ、後妻はねーだろうよ、組長を引退したら次はカシラが親父になるが、なあ裕之、これは内緒だが……カシラは親父を超えるこたぁできねー」 「なにかあったとか?」 「ああ、度量が違う、昔な、他所と争っててよ、うちにガサ入れが入ったんだ」 「それってマル暴ってやつですか?」 「そうだ、あいつらはヤクザよりヤクザらしい、敵対する奴らがガセネタを吹き込んでうちに嫌がらせをしたんだ、そん時、俺らはおやっさんを庇おうとしたんだが、マル暴は家に上がり込もうとする、頭にきた兄貴分が殴りかかろうとした」 「それで……どうなったんですか?」 「そしたら逆にマル暴の奴らが兄貴の胸ぐらを掴んで殴ったんだ、『俺らに歯向かおうったって、そうはいかねー、俺が今ここでお前を痛めつけたとしても、なんとでも言えるんだぞ、このクズ共が』ってそう言った、兄貴は悔しげにマル暴を睨みつけたが、マル暴は兄貴を足で蹴りあげた、そこでおやっさんがやってきて『やめねぇか!』と一喝した、マル暴はおやっさんに嫌味ったらしい事を言ったが、おやっさんは落ち着き払った様子でマル暴を睨み返し、『あんたらにとっちゃクズでも、俺にとっては可愛い子分だ、俺は逃げも隠れもせん、それでもこいつらに手ぇ出すって言うなら、俺が許さねー、俺はこいつらの親だ、子供が警察に不当な暴行を受けて、黙ってる親がどこにいる、文句があるなら俺に言え、この卑怯者が!』って、ドスの効いた声でマル暴を怒鳴りつけた」 「へえー、すげー子分を大事にする人なんだ」 「ああ、だから俺は親父について行くと誓った」 「そっか、やっぱりカッコイイ」 「けど、俺は反対だからな、お前だってわかる筈だ、この稼業がいかに食えねーか、やるだけ損だ、人生を台無しにしちまう、1度きりの人生だ、普通に暮らすのが一番幸せなんだよ」 「葛西さんは台無しでいいんですか?」 「俺は端から台無しだ、親父は女癖が悪くてな、女遊びばっかしする、お袋はお袋で俺の事なんか眼中にない、パチンコに狂って、しまいにゃ帰ってこなくなった、姉貴は非行に走り……男を作ってどっかに行った、家族全員バラバラだ、だからこんな事になったんだ、組に入った事を後悔しちゃいねぇが、それしか生きる術がなかった」 「葛西さん……、そんな大変な苦労をしたんですね」 裕之は同情するように言ったが、ガキに同情されるなんざ、笑えてくる。 「ははっ……、あのな、つい喋っちまったが、そんなこたぁいいんだよ、要はお前だ、お前は父ちゃんが事業に失敗しただけで、ありゃ仕方がねー」 「母さんは出て行きました、俺を置いて」 「でもよ、それまでは可愛がってくれたんだろ?」 「虐待とかそういうのはないです、ただ、母さんはどこかよそよそしい感じだった」 「気のせいだろ」 「俺もそう思ってました、だけど……あっさり俺を捨てた、俺は実の親子なのか疑った事もありました、だって、用がある時以外話をしないし、俺が話しかけても、理由をつけてその場からいなくなる、虐めるわけじゃなくても、変だなって思います、で、離婚後に父さんが『お前は俺に似てる、それに男だからな、母さんは女の子が好きだと言ってた』って言った、どうやら母さんは……女の子が欲しかったみたいで……だから冷たかったみたいです」 「はあ? なんだよそりゃ、男だからって自分が産んだガキだろ、普通は男女関係なく可愛いよな」 「それは母さんじゃないと、俺にはわかりません、ただ、母さんは男の俺は要らなかった、多分そうなんです」 「マジかよ……、確かに虐待じゃねーし、世話は焼いてたんだろうが、我が子が可愛くねぇって……、裕之、地味にお前も苦労してるんじゃねーか」 裕之のようなケースは初めて聞いた。 ありがちな酒、女、ギャンブル、借金、暴力……そういうのは目に見えるだけにわかりやすいが、裕之みたいなやつはわかりにくい。 それも虐待に入るんじゃねーのか? まぁーとにかく、パンイチじゃあれなんで、服を着る事にした。 「わー、やった、また見られた」 裕之に背中を向けたら、鯉を見てはしゃいでいる。 だったら、サービスだ。 「じゃあよ、じっくり見せてやる、ほら」 ズボンだけ先に穿いてシャツを手に持ち、裕之に背中を向けてあぐらをかいて座った。 「うわー、ありがとう、えへへ」 裕之はめちゃくちゃ喜んでいるが、だったら……こりゃ利用しなきゃ損だ。 「あのな、買う買わねーは無しにして、カシラはお前に手ぇ出すかもしれねー、だからよ、あんまし近づくな、それが守れたら、また墨を見せてやる」 「ほんとに?」 「ああ」 「わかりました! 俺、気をつけます!」 裕之は勢いよく返事をした。 ま、絶対大丈夫って保証はねーが、できるだけ距離をとるようにすれば、なにもしねぇよりはマシだろう。
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