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◆◆◆
俺は裕之から母親の話を聞き、また、自分も話をした事で、更に裕之に親近感を覚えるようになった。
その分、カシラの事が気になってしょうがねー。
いや、しかし……もしも裕之に手ぇ出したら、未成年に淫行したって事になる。
そんな事がおやっさんにバレた日にゃ、カシラは立場が危うくなりそうだ。
今日は午前中におやっさんの屋敷にきているが、膝をついて親父の肩を揉みながら、俺はひっそりと心ん中でそんな事を考えていた。
「おー、お前は肩もみが上手いな、もういいぞ」
「はい」
「ほら、揉み賃だ」
「あ、いいんすか?」
「ああ、かまわねぇ、とっとけ」
「ありがとうございます」
こうしてじっくりと時間をかけて肩を揉んだ時、親父は必ず小遣いをくれる。
「なあ葛西、お前……あの仲本の息子と関わってるのか?」
「え、あの……はい」
どこから耳に入ったのか知らないが、何故急にそんな事を聞くのか……。
「うちの部屋住み、松本から聞いた、先に東堂へ話をしたらしいが、うちに入りたいんだって?」
また部屋住みだったが、聞いてきたのは個人的な事じゃなかったので安心した。
「はい」
「松本がいうには、その息子はお前に懐いて、度々会ってるそうじゃないか、ほんとか?」
だが、安心したのは束の間だった。
部屋住みは俺との事も話したらしい。
「はい、会ってます」
「中学一年だってな、そんな子供と会ってなにをしている、まさかお前……ガキに手ぇ出したりしちゃいねぇよな?」
「それは無いです、裕之とは兄弟みたいに付き合って、ただ話しをしたり、それだけっす」
「そうか、ならいいが、あんまり関わらねー方がいい」
「はい、それは……俺もわかってます、ただ、裕之の奴、俺に付き纏ってた時がありまして、そん時に四七築組の連中に見られちまって、奴ら……裕之を気に入って誘ってきました、だから俺は……さも付き合ってるふりをして誤魔化しました、あいつらは……まだ裕之に目をつけてる、俺が離れたら間違いなく悪さをする、だから俺はあいつから目を離せねぇんです」
目をつけてるのは刈谷だが、万一面倒な事になったらマズいので、具体的な名前は伏せる事にした。
「つまり、その子を守る為に、お前はその子を自分のモノだと見せかけてるって事か?」
「そうっす」
「葛西、お前、本当にそっちのけはねーんだな?」
「ありません……」
「ふむ……なるほどな、そういう事なら仕方ねーか、その息子、裕之と言ったか、ま、うちに入る入らねーは今言っても仕方ねー、まだ子供だ、そのうち気が変わって忘れるだろう、話はわかった……、もう行っていいぞ」
「はい、失礼します」
頭を下げて座敷を後にしたが、裕之との事を聞かれてヒヤヒヤした。
部屋住みに口どめしときゃ良かったのかもしれないが、目立たねぇ奴だから、屋敷ん中でチラッと見かけてもつい通り過ぎちまう。
どのみち……親父が知ってしまった以上、カシラの事を除き、正直に話した方がいいと思ってひと通りの事情を話したが、親父は俺を信じてくれたので良かった。
「あ、兄貴、肩揉み終わりましたか?」
廊下を歩いていたら、田西がやってきた。
「ああ、あのな、裕之の事を言われた」
「あ、部屋住みが言っちまいましたか」
「ま、別にやましい事はしてねー、だから正直に話した」
「そっすか、まぁカシラの事は置いといて……、俺、松本に口どめしときます、これ以上余計な事を話さない方がいいと思うんで」
「おお、頼むわ」
田西が話をしてくれるならありがてぇ。
「どっかその辺にいるでしょう、ちょっと探してきます、あの、この後はソープっすか?」
「だな、売上やら嬢の管理をチェックしなきゃならねぇ、任せっきりってわけにゃいかねぇからな」
うちはソープをやってるが、カタギを雇って店長をやらせている。
時折店に出向いて、売上やら何やら色々とチェックしなきゃならねぇ。
「そうっすね、わかりました、じゃ、話をしたらすぐに戻りますんで、出かける迄リビングにでもいてください」
「おお」
この屋敷は和風な造りだが、リビングは洋室になっていて応接セットが置いてある。
ソープには急いで行く必要はねぇから、リビングで一服して田西が戻るのを待つ事にした。
部屋に入り、ソファーに座ってタバコに火をつけた。
親父は俺に裕之との事を繰り返し聞いてきたが、裕之がガキだから心配してるのだ。
四七築組の刈谷のように、ガキに平気で手ぇ出す奴らもいるが、親父は未成年者に手を出す事を禁じている。
それで俺に念押ししたのだ。
タバコを灰皿に押し付けたら、電話が鳴った。
ポケットから出して見ると、裕之だ。
『おお、裕之か』
『はい』
『なんだ、学校は……試験はどうした』
ガキはガキらしく、勉学に励め。
『母さんから電話があって、学校を休んでちょっと遠くに来てます』
『えっ、お袋さんから?』
ところが、母親に連れ出されているようだ。
『はい、でも母さんはいません』
『なんだ、どういう事だ?』
『母さんは知らないおじさんを連れてきて、俺はその知らないおじさんと一緒にいます、おじさんが部屋から出て行ったので葛西さんに電話しました』
裕之は妙な事を言う。
『どういう事だ? そりゃあれか? ひょっとして……お袋さんが付き合ってる男だったりするのか?』
『いいえ、俺におじさんとホテルに泊まるように言っただけで、関係ない人です』
関係ねーって、つー事は母親は裕之を売った?
『ちょっと待て……、まさかとは思うが、お前、その男に売られたんじゃねーよな?』
『わかりません』
そこら辺はあやふやにしているようだが、先日聞いた話からすると、母親は裕之に対して愛情が薄い。
それに破産寸前の状態で出て行ったとしたら、金なんか持ってねぇ筈だ。
そう考えりゃ……金に困って息子を売るのもありかもしれねー。
『親父はなにしてる』
だが、親父がいる筈だ。
『父さんは仕事が忙しいから、電話で母さんと話をしただけです』
『はあ? どんだけ無責任なんだよ、おい裕之、お前、今どこにいるか言え』
あの親父も、裕之に対して責任感を持っているようには思えねぇ。
ったく……母親も父親も、てめぇらのガキをなんだと思ってやがる。
『隣街の、街から離れた場所ですが、住所はわかりません』
『男は車に乗ってるのか?』
こりゃ、ほっとけねー。
『はい』
『車種と色を言え、それから近くに……例えばデカいマンションがあるとか、学校か病院、寺、なんでもいい、目立つ建物があったら言え』
裕之から車種と色、男の風貌と大まかな年、それと、ホテルのすぐそばに教会がある事を聞いた。
教会はそんなにはねーから、大方の場所はそれでわかった。
『今から俺が迎えに行く』と言って電話を切ったが、無性に怒りが込み上げてきた。
「くそ……、母親、ふざけるな!」
「兄貴、話はしてきました」
田西がドアを開けて顔を覗かせた。
「おお田西、先に隣街だ」
「えっ?」
「事情は車に乗って話す、とりあえず車を出せ、隣街の教会、確か……聖マリアンヌだ、そこに向かえ」
「あ、はい、わかりましたが、ソープは……」
「そんなもん、いつでも行ける、兎に角行くぞ」
俺は田西を連れてガレージに行き、助手席に乗って田西に速攻で車を出すように言った。
「田西、もっと飛ばせ」
「はい、わかりましたが、一体なんなんすか?」
「裕之が母親と会ったらしいんだが、母親は裕之を売った、多分、間違いねぇ、裕之は今、裕之を買った男と一緒にホテルにいる」
「え、あ……、ええっ? 母親がウリをやらせたって事っすか?」
「多分間違いねー」
田西は驚いたが、俺は車種と色を伝えた。
「わかりやした、少ねぇ車種なら目立つし、教会のそばにシティホテルが1軒ある、他にホテルはねぇから間違いねぇ、親子のふりをすりゃわからねーからな」
車はブラバスという外車だ。
ありがてぇ事にあんまり見かけねぇ車だから目立つ。
まだ昼になったばかりだ。
チェックインだけ先に済ませたとしても、あのホテルにゃレストランがねぇ、昔っからあるしけたホテルだ。
どこかに飯でも食いに行くだろう。
男が裕之に手ぇ出す前に、必ず連れ戻す。
田西は車をすっ飛ばして教会へ向かい、30分ほどで教会の前に着いた。
「兄貴、車は見当たりませんね……」
「おお、田西、ここらに飲食店はあるか? カフェやラーメン屋、なんでもいい、飲食店をあたれ」
男は飯を食いに行く筈だ。
ホテルの部屋に戻るまでになんとしてでも見つけなきゃ、部屋に入られたらこっちは手を出せなくなる。
「そうっすね……、中華料理屋があの向こうにあるんで、行ってみます」
田西は言ったそばから車を走らせた。
「あっ、ありましたブラバス、黒だし、間違いねー」
中華料理屋にはあっという間に到着し、田西は目敏く車を発見した。
「おお、隅へとめろ」
車を目立たねぇように道の端に止めて、田西と共に店内に入った。
店員が声をかけて来たが、『いらねぇ』と言って睨みつけた。
こういう時はこのナリが役立つ、店員はすごすごと退散した。
店内を見回したら、窓際の席に40代位の男と裕之が座っている。
「兄貴、行きますか」
「ああ」
田西と2人でその席に歩いて行った。
男は怪訝な面をして俺らを見たが、裕之は俺を見上げ、安心したように笑顔を見せた。
「おい、あんた、俺らは裕之を連れ戻しに来た、裕之を渡せ」
母親にいくら渡したのか知らねーが、四の五の言っても無駄だ。
「あ……、あなた方はなんなんですか? 一体どういう権利があってそんな勝手な事を」
男はびびっちゃいるが、不満げにぶつくさ文句をたれる。
「俺らは裕之の兄貴だ、可愛い弟を好き勝手されちゃ堪らねぇからな」
「え、あの……お兄さんがいたんですか?」
「ああそうだ、裕之、帰るぞ」
「はい」
裕之に声をかけたら、すっと立ち上がって俺の横にきた。
「よし、行こう、じゃあな」
男は口を開けてポカーンとしていたが、俺は小さな肩を抱き、田西と3人でさっさと店を出た。
すぐに車に乗り込んだが、俺は裕之と一緒に後部座席に座った。
田西は車を出さずに待っている。
俺が何をするか、先読みしているからだ。
「裕之、お袋さんはどこだ?」
「っと……、わかりません」
「電話しろ」
「あ、はい……」
俺は母親に電話をかけさせた。
母親はすぐに電話に出て裕之と喋っていたが、俺は途中で裕之から電話を奪った。
「かせ」
「あっ……あの」
裕之は狼狽えていたが、構わねー。
『おう、裕之の母親か?』
『え、あなたは誰?』
『裕之を守る会の人間だ』
『はあ? なにを言ってるの、裕之は今夜仕事をする予定なのに、邪魔しないでよ』
このお袋さんは、最早お袋とは呼べねー。
『おいお前、てめぇの息子にウリなんかやらせて、それでも親か?』
『やだ、なんだか柄が悪いわね、何が守る会よ、お節介焼かないで』
『うるせぇ! ごちゃごちゃ抜かすな、おい、もしもういっぺん同じ事をやらかしたら、てめぇをソープにぶち込んで客をとらせるぞ、金が欲しけりゃてめぇの体で稼げ』
『やだぁー、ヤクザみたい、ちょっとなんなの? 脅迫? 警察に言うわよ』
『おー、構わねー、その代わり、捕まるのはお前の方だ、俺は裕之を守る会の会長だからな、やれるならやってみろ』
『わ、わかったわよ! いちいちうるさいわね、フンだ』
母親はキレ気味に言って電話を切った。
「ほら」
裕之にスマホを返した。
「あの、葛西さん」
すると、マジな顔で話しかけてくる。
「ん……?」
俺はちょいと言い過ぎたんじゃねーかと思った。
いくらあんな親でも、裕之にとっちゃ母親だからだ。
田西がチラッとこっちを見て車を出した。
「すみません……、わざわざ来てくれて」
けど違った、裕之は頭を下げて詫びを言う。
「馬鹿だな、兄さんなんだから当たり前じゃねぇか」
「俺、あのおじさんと……、そういう事に興味あるって言ったけど、段々怖くなってきて、つい葛西さんに電話しました」
「そうか、間に合ってよかった」
「う……、くっ」
裕之は言葉に詰まり、俯いて泣き出した。
マセガキもただの子供だ。
これが本当の姿だと、そう思いながら裕之の肩を抱いた。
「怖かったんだな、へっ……よしよし」
「ううっ、葛西さん……」
「ああ、泣きたきゃ泣け」
恥じる事はねー、涙が似合う面ぁしてるんだからよ。
俺は震える肩をしっかりと抱いてやった。
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