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◆◆◆ 裕之の母親がクズだとわかった翌日、カシラから電話が入った。 『おお葛西、俺がわざわざ電話をかけた理由はわかるよな?』 回りくどい言い方が鼻につく。 『はい、裕之っすか?』 『そうだ、あの子は学校があるだろう、次の土曜か日曜だな』 『あの……またラブホですか?』 『おお、そりゃあな、どっか連れて行ってやりてぇが、内緒だからな、誰かに見られちゃマズい』 だったらやめろって話だ。 『あのー、もうやめた方がいいんじゃないっすかね、相手は中学生ですし』 それとなくやめるように促した。 『馬鹿言うな、俺はあのガキが気に入った、可愛いじゃねーか』 カシラも暇じゃねーのに、いい加減他に行けって話だ。 『っとー、可愛い子なら、売り専にもいますよ、あ、こないだ、四七築の刈谷が話してました、徒然草って売り専に18才のイケメンがいるらしいっす、カシラもどうっすか? 1度行ってみられたら……』 刈谷が話していた事を言って勧めてみた。 『あのなー、俺はそんな擦れた奴らに興味はねー』 ちっ、初心者の癖に贅沢言いやがって……。 『そうっすか? そいつは残念っすね』 『だからよ、お前、裕之を連れてこい、土曜より日曜がいいな、時間は……午前中だ、俺は昼から用がある』 『そっすか、わかりました』 承諾して電話を切ったが、裕之は今日は学校を休んで家にいる。 あの母親が数日間学校を休むようにしていたからだ。 あんな事があってちょい心配だから、また電話すると言ってある。 時計を見たらちょうど昼だ。 「おい、俺は帰るからな、しっかりやれよ」 「はい、ご苦労さまです」 俺は今、昨日行けなかったソープに来ている。 資料を見て色々と確認したが、特に問題はない。 店長に声をかけて店を出た。 今日は1人だ。 車に乗って裕之に電話してみた。 なかなか出なかったが、やっと出た。 『おお裕之、親父は仕事か?』 『はい……』 いつもなら『葛西さん!』と言って食いついてくるが、なんとなく元気がねー。 『どうした、昨日の事がショックだったか?』 『あの……そりゃあ……やっぱりショックです、母さんがあんな事をするとは思わなかったし』 『そうだな、けどよ、世の中にゃろくでもねー親はいくらでもいる、ダメな奴はどう転んでもダメだ、そんな奴の為にお前が凹むこたぁねーんだよ、悲観するな』 『はい……』 元気づけたいが、やっぱり元気がねー。 『大丈夫か?』 『あの……今朝から頭が痛くて……喉も』 『ん? 風邪か?』 『熱を測ったら……、38度ありました』 『あ、そうなのか? 熱か……』 風邪をひいちまったらしい。 俺はこの後も回るとこがあるが、合間になら寄れるだろう。 『あのな、家に寄ってやる、なんか食いてぇもんはあるか?』 『え、来てくれるんですか?』 『おお、兄ちゃんなら当然だろう、なんか買ってくわ、何がいい』 『あ、あの……それじゃあ、アイスを』 『アイスか、わかった、適当に買ってく、あと飲みもんもとった方がいい、お前、薬は飲んだか?』 『いいえ、置き薬を切らしてて』 『じゃ、薬も買うわ』 『すみません……』 『いいんだよ、今すぐじゃねーが、家に行く、それまでな、なんか水分とって、食えるもんを食って寝てな』 『はい』 念を押して言ったら、少し声に張りが戻ってきた。 それから俺は、今日行く予定だった所を数箇所回り、そのついでに必要な物を買い揃えた。 アイスは溶けちまうから、一番最後にコンビニに寄った。 そこで菓子パンやプリンなんかを買い、店を出てまっすぐに裕之の家を目指した。 家に着いたら、塀にぴったりと寄せて車をとめ、レジ袋を提げて玄関に向かった。 この家にゃ来るだけで、まだ入った事がねぇ。 門扉から敷地内に入ったら広い庭があり、庭木や草花が綺麗に植えられている。 あの親父、息子の事は放ったらかしにする癖に、庭だけは手入れしてやがる。 家は洒落た洋館って雰囲気だが、玄関のわきには自転車が置いてある。 裕之の自転車だ。 呼び鈴を押したら、裕之はすぐに出てきた。 「葛西さん……」 パジャマを着ていて、髪はボサボサになっている。 「おお、大丈夫か? 熱は」 とにかく玄関に入った。 「あ、はい、まだありますが……上がってください」 「おお、それじゃ、邪魔するぜ」 ゆったりとした玄関、廊下に上がったら広い廊下を進み、キッチンやリビングを通り過ぎたが、こんな広い家で2人暮しは贅沢だ。 他にもドアがあるから、部屋数も1階と2階、リビングを合わせて6部屋以上はあるだろう。 裕之はその中のひとつのドアの前で足を止めた。 「あの、俺の部屋2階なんですが、階段が辛いから……下で寝てます、どうぞ」 説明して部屋に入るように促してきたが、早いとこ寝かせた方がよさそうだ。 「ああ、俺はいいから早く寝ろ」 布団は抜け出したまんまの状態でくしゃくしゃになっているが、床はフローリングの床で、だだっ広い部屋のど真ん中に敷いてある。 にしても、ガキが熱を出してるなら、普通は洗面器やタオルとか、看病する物が置いてある筈だが、布団の周りにはなんにもない。 「あのー、すみません、じゃ……」 裕之は頭を下げて布団に入り、横になった。 「親父はなにもしてくれねぇのか?」 「父さんは熱が出た事を知りません」 「そうなのか……、なら仕方ねーか」 知ってて放置したんじゃねーかと思ったが、そうじゃなかったようだ。 だったらいいが、とりあえず、買ってきたもんを出した。 「ほら、アイスだ、あとはな、パンやプリンがある、裕之、なんか食ったか?」 先にアイスを手渡して聞いた。 「いえ、食べたくないんで」 「じゃあ、アイスを食え、それなら食えるだろ?」 なにか食わなきゃ薬が飲めねー。 コンビニでもらったスプーンを渡し、ついでに薬も出した。 「はい、すみません……」 裕之はやたら遠慮している。 きっと風邪を引いて気弱になってるんだろう。 「そんな遠慮するな、病人が気を使うこたぁねーんだよ、で、薬は風邪薬と解熱剤があるが、どっちがいいんだ?」 「っと……風邪薬かな」 「おお、喉が痛てぇって言ってたな、じゃ、とにかくアイスを食っちまいな」 「はい……」 裕之はアイスの蓋をあけて食べ始めた。 「よし、ちょっと額をかせ」 おでこに手をあてて確かめてみた。 「うーん、やっぱ熱いな」 明らかに熱がある。 「えへへ……」 なのに、スプーンを口に運んでニヤニヤしている。 「なんだ?」 「だって……、超やさしーし」 「馬鹿……兄貴なら心配ぐれぇするだろう」 「やっぱ……当たってた」 「なにがだ?」 「俺の勘……、葛西さんは……俺が思った通り、理想的な人だ」 「あのなー、病人の癖に妙な事を言うな、調子狂っちまう」 「葛西さん、兄さんなのはわかってるけど、どうして俺にそんなに優しくしてくれるの?」 「どうしてって……、そりゃ成り行きだ」 本当に成り行きで……。 俺はただ、こいつを守ってやらなきゃって、そう思った。 「ストーカーして、良かった」 「お前なー」 「俺、好きです」 「えっ?」 「葛西さんの事、本気で好きになりました」 なにかと思ったら、いきなり告ってきやがった。 「いやいや……早まるな、お前はまだ中一だ、これから恋をしたり、山ほど楽しい事がある、今はあれだ、多分な、俺みてぇなヤクザもんに優しくされて、意外だと思ってよ、それで変に意識しちまった、それを好きってやつとごっちゃにしてるんだ」 多感で勘違いしがちな年頃だから、うっかりそう思い込んじまったんだろう。 「俺……、昨日、おじさんについて行って、ここで経験するのもありかな? ってチラッと思いました、母さんはハッキリ言わなかったけど、泊まるって事は……そういう事かな? って思ったんで、でもおじさんは俺に『キスした事ある?』って聞いてきた、首を横に振ったら……手をぎゅうっと握ってきて、すげー嫌だった」 「あの男、そんな事をしたのか」 ショタコンは珍しい事じゃなく、そこら中にいるらしい。 「はい、で、ガバッと抱き締めてキスしようとした」 「お、おお……、で、どうなった? やられちまったのか?」 「気持ち悪くて、突き放しました」 俺はヒヤッとしたが、良かった。 「そうか……」 「葛西さんの顔が浮かんだんです」 「えっ」 「俺は葛西さんが好きだ、だから見知らぬおじさんなんかとやりたくないって、そう思った」 裕之はあくまでもそっちに振りたいようだが、俺はどう答えりゃいいかわからねー。 「いや、そうか……、歯止めになったなら、俺も少しは役に立ったんだな」 「葛西さん!」 「あっ……」 裕之はアイスをわきに置いて俺に抱きついてきた。 「お願いします、抱き締めて下さい」 「あ、ああ……」 抱き締める位なら、どうって事ねー。 外人なんかハグするしな。 両腕でしっかりと抱き締めてやった。 「凄い落ち着く……、気分がいい」 裕之は気持ちよさそうな面ぁしてくっついている。 「そうか、それならいいんだが、お前、薬飲まねぇと……」 アイスはほとんど空になってるし、そろそろ薬を飲んだ方がいい。 「飲みます……」 裕之は顔を上げて俺をじっと見つめてくる。 な……、なんだか妙な気分だ。 どう見てもまだ男って感じじゃねーし、中性的な匂いがする。 「キスして欲しい」 「え、あ……」 不意に言われてドキッとした。 パジャマから覗く白い項……頼りなく痩せた体……物欲しそうな潤んだ瞳。 中性的な色香がグイグイ惹き込んでくる。 衝動を抑えきれなくなり、顔を近づけて裕之にキスをした。 華奢な腕がギュッと背中を抱いてきて、異常に気分が昂った。 俺は柔らかな唇を吸い、裕之の体を弄っていた。 「んっ……」 だが、小さな呻き声を聞いてハッとした。 「……やっちまった」 慌てて離れたが、俺はそっちのけはねーと、こないだ親父に言ったばっかしなのに、やっちゃいけねぇ事をやっちまった。 「へへっ……、やった」 裕之はしたり顔で喜んでいる。 「裕之、今のは無しだ、忘れろ、リセットしろ」 「あの、誰にも言いません、だからリセットはできません」 「くっ……、すまねー、わりぃ事をした」 取り消しが無理なら、せめて詫びなきゃ気がすまねぇ。 「悪くない、俺、葛西さんなら、抱かれてもいい」 「ち、ちょっと待て……」 不覚にも、またドキッとしちまった。 俺……どうかしてる。 「買うとか無しで、初体験はやっぱり好きな人がいい」 当の本人はケロッとして、またしてもマセた事を言う。 「馬鹿、なにが初体験だ、童貞の癖して、まったくよー、とにかく……薬だ」 おかげで異常な熱が冷めた。 ペットボトルの蓋を開けて裕之に渡し、薬の瓶から錠剤を数粒出してそれも渡した。 「裕之、ほらジュースで薬を飲め」 「はい」 裕之は薬を口に放り込み、ジュースで一気に飲み込んだ。 「よし、飲んだら寝ろ」 肩を掴んで寝るように促した。 「葛西さん……」 裕之は布団に入ったが、手を出して俺の手を掴んできた。 「あっ、こら」 咄嗟に引こうとしたが……。 「手を握ったら駄目ですか?」 マジな顔で聞いてくる。 「い、いや、構わねー」 駄目だとは言えなかった。 裕之は俺の手を握って幸せそうな面をする。 手を貸すだけだ……。 そう自分に言い聞かせ、好きにさせる事にした。 頃合を見てそっと手を引いたが、その代わり、額に冷えピタを貼ってやった。 「えへへっ、葛西さんが来てくれたから、もう治った」 そしたら、底抜けに嬉しそうに笑う。 そう言ってくれりゃ来た甲斐があったってもんだが、こういう事は本来親がやるべきだ。 「お前、こんな風に風邪をひいた時、お袋さんは看病してくれたのか?」 「うん、必要な物を並べてくれた」 「ん、布団の周りにか?」 「そうです」 「頭ぁ冷やしてくれたり、そばについててくれたり、そういうのはどうなんだ?」 「ないです、何か異常があったら呼べって言って……、自分の部屋に戻ってました」 「変わった親だ、普通なら心配で、そばにいて様子を見守るだろう」 「母さんは別に意地悪を言うわけじゃないし、俺は黙ってましたが、小学5年生になった時、俺、あの……恥ずかしいけど、夢精したんです、で、パンツを汚しちゃった、そのパンツ、こっそり洗濯機に入れたら、後でゴミ箱に捨てられてたのを見つけてしまって……、なんか胸がズキッとなった、凄く汚らわしい事をしたみたいで……母さんに悪い事をしたって」 「夢精は男なら当たり前じゃねーの、女だって生理になるだろ、それをお前の母ちゃんは汚ぇと思ったのか? ったく……呆れた母親だ」 「だから、やっぱり男の子は嫌だったんだと思います、俺、母さんのそういうとこ、気にしないようにしてました、ただ、時々無性に寂しくなった」 「親父は仕事で不在か?」 「はい」 「はあー、お前……、なんかよ、俺らの間で聞く話とはかなり違うな、俺らの仲間はまともに殴られたりして育った奴が多い、けどよー、お前の話は……じわじわくるな、あのよ、お前にこんな事言ったら残酷かもしれねーが、お前が受けたそういうやつ、それもある意味虐待だ」 「はい、ですね……、だけどもういい、俺には葛西さんがいる、こんな風に優しくしてくれて、それだけで元気になれる」 「裕之……」 こいつは愛情に飢えていた。 俺は……今はいてやれるが、いずれは……。 「へへっ……」 だけど、ひとまず先の事は無しだ。 こんなに屈託のない笑顔を見せられちゃ、けちょんけちょんにやられちまう。 「ほら、布団かけて寝ろ」 「はい」 俺はこいつを守ってやりてぇ。
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