78人が本棚に入れています
本棚に追加
14
◆◆◆
裕之にキスしちまった事は……反省した。
と同時に、俺はあの時ドキッとしたが、自分はそういうけはないと思っていたのに、実はそうじゃなかったって事になる。
裕之に恋愛感情を抱いてるのか、よーく考えてみた。
確かに、あいつは可愛い。
それは弟だから……って、そう思い込んでいたが、そうじゃないとしたら、刈谷の事を変態呼ばわり出来なくなる。
いや、しかし……あいつのように端から性的な対象として見ていたわけじゃない。
そのつもりはなかったのに、あいつに見つめられた時、俺は女に接する時と似通った衝動に駆られた。
という事は……。
裕之と関わるうちに、いつの間にかあいつに惚れていた……って事になる。
俺は男に惚れた事はねー。
そんな事は有り得ないと思ってたのに、たかが中一のガキに惚れたっていうのか?
ショックだ。
自分でも、どうしたらいいかわからねー。
わからねーうちに、カシラと会わせる時が来ちまった。
「兄貴、なんか……ここんとこ元気ないっすね、なにかありました? それとも……やっぱり裕之の事が心配だとか」
「ああ、裕之の事は心配だ」
「そうっすよね、俺もっす、カシラもこんな馬鹿げた事はやめりゃいいのに、あの人は言い出したら聞かねーから」
「ああ」
今、裕之を迎えに行く途中だが、キスした事も気になるし、カシラの事も不安になる。
やがて家の前に着いた。
裕之は門の外で待っている。
ガキらしい、可愛らしい服装だ。
「田西、俺は後ろに乗るわ」
どうせ一緒に……って言ってくるだろうが、どのみち体調も心配だ。
裕之と後ろに乗ってやる事にした。
「あ、はい」
車を降りたら、裕之は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「葛西さん、えへへっ」
「ああ、乗れ」
「はい」
はしゃぐように車に乗り、俺も隣に乗った。
「じゃ、行きますね」
「ああ」
田西は車を出した。
ラブホなんかに連れて行きたくないが、何はともあれ確認だ。
「裕之、風邪はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です、へへっ、あの、くっついていいですか?」
風邪は治ったらしく、ホッとした。
「ああ、構わねー」
「兄貴、やけに仲いいっすね? 羨ましい」
田西が羨んできたが、俺はそんな事よりも今一度釘を刺しておきたい。
「な、裕之、カシラは前回肩を抱いてたが、もしキスしようとしたら、ハッキリ嫌だって言え」
裕之が拒絶すれば、無理強いはしないだろう。
「はい、俺は他の人とはしません」
だが、裕之はやべぇ事を口にした。
「ちょっ、裕之……、黙れ」
めちゃくちゃ焦った。
俺はノーマルで通ってるし、いくら田西でも、裕之にキスした事を知られたくない。
「んん? 裕之、今、他の人とは……って言ったよな?」
だが、田西はちゃっかり聞いてやがった。
「いえ、なんでもないです」
よしよし、俺の気持ちが伝わったらしく、裕之は適当にはぐらかした。
「おお、そうか……、ふーん」
田西は首を傾げていたが、それ以上聞かなかった。
ラブホに着いたら、前と同じように車をとめて中に入った。
「おお、来たか、裕之、こっちに来な」
部屋に入ると、カシラはやっぱりソファーに座っていたが、満面の笑みを浮かべて裕之を呼び寄せる。
ふと見れば、テーブルの上にまぁまぁデカい箱が置いてある。
「はい」
裕之はカシラのところへ行き、カシラの隣に座った。
「お前にな、プレゼントだ」
カシラは箱を指差して言ったが、そう来たか……。
「あ、あの……」
裕之は突然の贈り物に戸惑っている。
「こりゃあな、ノート型PCだ、これを使いこなせるようになりゃ、うちに来ても役立つ、だからお前にこれをやる、頑張って使えるようになれ」
カシラはうちの組に入れる気満々だが、ノート型PCとは、こりゃまた……随分な力の入れようだ。
「あの……、そんな高い物を貰う訳には……」
裕之は尻込みしてるが、いくら組に入りてぇ……とは言っても、まだ先の話だし、今からそんな大層な贈り物を貰ったら、びびるだろう。
「あのな、俺はお前のようなガキをラブホなんかに呼び出してわりぃと思ってる、だからその詫びも入ってるんだ、気持ちよく受け取れ」
カシラにもそんな人間らしさがあったのか……。
ちょっとだけ見直した。
「は、はい……、あの、じゃあ……ありがとうございます」
裕之は恐縮した様子で頭を下げて礼を言う。
「ああ、期待してるぞ」
「はい」
「なんか飲むか? たいしたもんはねーが、ジュースぐれぇある」
俺と田西は例によって少し離れた場所に立っているが、カシラが立ち上がりかけたので、俺は慌てて冷蔵庫へ向かった。
「カシラ、俺が用意します」
「おお、じゃ、裕之に飲み物を出してやれ」
「はい、わかりました」
カシラは座り直して言ったが、何気なく裕之の肩を抱いた。
「しっかし……、中一か、可愛いな」
屈み込んで顔を近づけている。
「っ……」
ほっぺたに唇が触れる程近づいたので、俺は冷や汗をかきながらジュースをコップについだ。
焦るようにコップをトレイに乗せると、裕之のそばへ歩いて行った。
「裕之、ほらジュースだ」
裕之の前にコップを置き、その場にしゃがみこんで動かずにいた。
「葛西、おめぇ……、なにしてる」
カシラは眉間にシワを寄せて聞いてきた。
「なんでもありません、どうか、気にしないでください」
離れていたら気になって仕方がねーし、近くにいねぇと心配だ。
「真横に座ってたら、嫌でも気になるだろうが」
「すみません、俺は裕之を連れてきた立場上、責任があります、万一カシラが羽目を外すような事になったらマズいっす、だから近くにいさせてください」
怒られるのを覚悟で主張し、頭を下げて頼んだ。
「お前な、そんな事……、まだなにもしちゃいねぇぞ」
カシラは怒りはしなかったが、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「へへっ……、あははっ」
その時、不意をつくように裕之が笑いだした。
「ん、どうした? 裕之、おもしれぇのか?」
「はい、面白いです」
「おお? 葛西が跪いてるのが笑えるのか?」
「はい、はははっ」
「いや、そうか……、お前がそんなに楽しいなら、別にこのままでも構わねー」
裕之の奴、わざとやったのか? そこら辺はわからねーが、カシラは俺が居座る事を認めた。
「えへへっ……」
俺が真横にいるからか、裕之はバカに機嫌よさそうに笑う。
カシラも裕之が楽しげにするのを見たら、文句は言えねぇらしい。
裕之の肩を抱いちゃいたが、顔を近づける事はなく、たわいもない話をし始めた。
やがて昼前になり、カシラは前回と同様に俺らに金を渡し、先にホテルの部屋を出て行った。
ドアの前に立ち、田西と2人で頭を下げて見送ったら、スーッと肩の力が抜けた。
「ふうー、今回も無事終了っすね」
田西も俺と同じ心境なんだろう。
「ああ」
「しっかし兄貴……、ありゃ、下手したら機嫌をそこねてましたよ」
「ふっ、裕之の前じゃ、俺らを叱りつける事はできねーんじゃねーか?」
「まあ、確かに……、でもアレっすね、どのみち俺と兄貴が気ぃ使って疲れるんで、そろそろやめて貰いたいっす」
田西はため息混じりに愚痴ったが、本当にいつまで続けるつもりなのか……。
裕之を可愛がるのは構わねー。
ただ度重なりゃ、今のように何も無しでいけるのか?
カシラは純朴なそこらの男じゃねー。
ヤクザの若頭で、それなりに遊んできた男だ。
もしカシラが……今のようなピュアな関係をガチで楽しんでるとしたら、滑稽で笑える事だし、奇跡とも言えるだろう。
「えへへっ、葛西さん」
裕之がそばにやって来て、腕に絡みついてきた。
「あーあ、すっかり懐いちまって、裕之、俺には無しか?」
「あ、すみません、じゃあ、田西さんも」
田西がぼやくから、裕之は田西のところへ行って腕に絡みついた。
「へへっ」
田西の奴デレてやがるが、こいつは無害だと分かってるし、ヨシとしよう。
それから俺達はホテルを出た。
裕之はカシラに貰ったPC入りの箱を抱えている。
俺も一緒に後ろに乗ったが、裕之は珍しく学校の話をした。
いつか話した100キロ超えの友達の話だが、この友達はアウトレイジや任侠映画が好きらしい。
それでヤクザが好きになったと言うが……。
子供からすりゃ、俺らもキャラクターみてぇなものなんだろうか。
ひょっとして、裕之もそいつに影響されたんじゃねぇのか?
けど、本当に憎めねぇ奴だ。
カシラから金を貰ったし、3人で昼飯を食いに行く事にした。
「おお、いっつもラーメンじゃあれだ、ステーキでも食いにいくか?」
「わあ、やった!」
裕之は素で喜んだ。
「カシラのお陰だな」
まぁー、実際ステーキが食えるわけだし、少しはカシラを立てておこう。
最初のコメントを投稿しよう!