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◆◆◆ ニコニコ金融で揉めた親父は、それからもうちのもんが対処したが、相変わらずゴネてるらしい。 今日は弟分の田西と一緒に、舎弟頭の所に行った。 その帰りがけにちょいと寄り道して腹ごしらえだ。 行きつけのラーメン屋でラーメンと餃子を平らげ、ダラダラ時間を潰している。 「いや~、しかし兄貴、ニコニコ金融のあの親子の件、今は派手に脅すっつーわけにもいきませんし、兄貴、どうなさるおつもりで? あの店は兄貴が任されてますよね」 田西はあの親子の件について心配そうに言ってくる。 「ああ、ま、取れる物があるのはいいんだが、うかうかしてたら他の債権者に取られちまう、できれば先にうちが押さえたい」 早いとこ解決したいんだが、うちは同業の中ではやり方が緩い方だ。 親父が昔ながらの任侠を貫く主義だから仕方がない。 「ですね、まあ~ただ、あの親父、売る気はねぇらしいんで、このままじゃ強制的に差し押さえになりますよ」 「だな、うちみてぇな闇金じゃなく、まともなとこからも借りてる、だとすりゃ……そっちは合法的な手順を踏んでやるだろう」 焦りだけが募っていく。 「そっすか……イライラしますね、だけど、オラつくのは禁止されてるし……、いっそ親父(組長)にゃ内緒でやっちまいますか、なーに、ちょいと監禁して締め上げりゃカタギなんぞちょろいっすよ、売買契約書にサイン捺印させりゃこっちのもんだ」 「いや、下手を打ったら親父に迷惑がかかる」 「はあ~……それもそうっすね」 田西が落胆してため息をついた時に、ガラガラっと扉が開いて客が入ってきた。 席はがら空きだが、俺らはぼちぼち店を出ようと思った。 「おい、行くぞ」 「はい」 田西に声をかけて立ち上がったら、たった今入ってきた客が近づいてきた。 「ん……?」 小柄な男だが、知り合いか? と思ってよく見てみたら、見覚えのあるうぜー面だった。 「ヤクザ屋さん!」 債務者、仲本のガキだったが、ガキは俺に向かって声を張り上げて言う。 「え、え、あ……、誰だ?」 田西はびっくりしてガキと俺を交互に見たが、こんな場所でヤクザ呼ばわりされるのは迷惑だ。 「またお前か……」 なんでここに現れたのか知らないが、つくづく鬱陶しい。 「俺、調べました、あなたはここによく来る、だから俺、来ました」 「調べたって……」 ストーカーかよ……。 「あのな、日本じゃガキのウリは禁止されてる、六法全書を読め」 「読みました」 「読んだのかよ……」 「ヤクザ屋さん、ヤクザならできるでしょ? 俺を買ってください」 「あのな……」 俺らを恐れもせずに堂々と話しかけてきた上、またウリをやらせろと言ってくるんだから、このマセガキには参ってしまう。 「兄貴、このガキは一体……」 田西は困惑気味に聞いてきたが、とりあえずガキが先だ。 「なあお前、裕之っていったよな、裕之、ヤクザって呼ぶのはやめろ、すげー迷惑だ、俺の名前は葛西学だ」 裕之という名前は覚えていたが、兎に角俺は名を名乗った。 「はい、わかりました、じゃあ……葛西さん、あなたが買ってくれてもかまわない、お願いします」 裕之は素直に従って深々と頭を下げたが、改めて頼み込んでくる。 「裕之、お前が親父を手助けしてぇって思う、その気持ちは偉いと思ってやる、だがな、俺はお前にウリをさせて儲けようなんざ、そんなせこい男にゃなりたかねぇ、親父は親父、お前はお前だ、六法全書を読んだのならわかるだろ、親の負債を子が返す義務はねぇんだよ」 中学生じゃ連帯保証人になってるわけがないし、子供がそこまでするこたぁねぇ。 「うん、わかってる、そうじゃなくて、俺は家を守りたいんです、だからどうか……頼みます」 裕之は思い詰めたような顔をして言ったが、これ以上話しても無駄なようだ。 「裕之わりぃな、田西行くぜ」 「はい」 田西を引き連れてラーメン屋を出た。 「兄貴、あのガキは例の負債者親子の息子ですか?」 店の前にとめた車に乗ったら、田西は直ぐに車を出したが、俺をチラ見して早速聞いてきた。 「ああ、そうだ」 「ウリをやると言ってるんすね?」 「ああ」 「しかし、俺らを相手によく言えますね」 「だな」 「気のつえーガキだ、ヤクザなら将来有望っすね」 「確かに度胸は褒めてやる、けどな、我が強けりゃいいってもんじゃねぇ、これからは腕力よりも頭脳の時代だ、交渉や商談の際に相手を上手く丸め込み、懐柔させるような柔軟さが必要になる」 オラついて力で解決できりゃそっちの方が楽だが、今の時代はそう簡単にはいかねぇ。 暴対法が施行されて以来、シノギをとるのが難しくなった。 俺らの主な稼ぎ、風俗関連もそうだ。 特に店舗ありきなソープは、下手にすら改装できねぇ。 内部の小さな改装はいいが、店舗ごと建て直したらそこで終わりだ。 営業許可が降りねぇ。 だから、無店舗派遣型の風俗をやる奴が増えた。 稼ぎがなきゃ、下の者を食わせる事すらままならない。 昔のような自警団的役割も禁止され、みかじめ料も駄目、的屋もアウト。 今どきヤクザになってもなんのメリットもないが、その上、この世界は上下関係が厳しく、付き合いだなんだとやたらうるさい。 仁義やらそういった昔ながらのやり方をする奴は、今や風前の灯だ。 ヤクザ稼業が嫌になって見切りをつけたとしても、足を洗って5年間はヤクザと同じ扱いを受ける。 口座は開けねぇ、アパートも借りられねぇ、まともな仕事にゃつけねぇ。 カタギになるのは……それこそ修羅の道だ。 何事も金。 金さえありゃ全てが上手くいく。 それは俺らの稼業に限らず、世の中全体がそうだ。 それがいいか悪いかわからねぇが、少なくとも俺は、金よりも大事なもんがあると思ってる。 思っちゃいるが、借金は返して貰わなきゃならねぇ。 俺はマンションに住んでいるが、今日はまだ他にも寄る所がある。 正直めんどくせぇが、幹部会に出席する事になっている。 当然田西はわかっているので、まっすぐ居酒屋に向かった。 帰りは田西が迎えに来る。 車をおりて目的の居酒屋に入ったら、厳つい連中が勢揃いしていた。 ちょうど日が暮れかけた辺りだが、酒好きな連中ばかりなので、ワイワイ騒いで盛り上がっている。 「おう、葛西、こっちに来いよ」 声をかけてきたのは同じ傘下の則組の稲森だが、ここに集まったのは皆鳴門組の傘下の組の幹部連中だ。 鳴門組という組は俺らより上層部になる組で、当然この場にも幹部が参加している。 俺の属する組は韮組という名前だ。 「おお」 手招きされて奴の隣に座った。 「おい、酒だ、焼酎持ってきてくれ」 稲森は俺に注文を聞かず、ありがた迷惑な注文をしてくれる。 「だはははっ! おい、久しぶりだな」 酔って気分がいいらしく、バカ笑いして背中をバシバシ叩いてきた。 「ああ、久しぶりだな」 俺は先日、親父に付き合わされて二日酔いになったし、あんまり飲みたくねぇ。 「あんな、俺よ、嫁を貰う事にした」 稲森は赤らんだ顔で誇らしげに言う。 「そうか、そいつはよかったな」 仲間うちで結婚を祝う機会はちょくちょくあるが、御祝儀だなんだと出費が嵩むだけだ。 「30過ぎたからな、そろそろ嫁を貰わねぇとカッコがつかねぇ、お前はどうなんだよ、年は俺とそんなに変わらねぇだろ、いい女がいるんじゃねぇのか? な、正直に言え」 稲森は毎度同じ事を聞いてくる。 「いねーよ、ま、いい相手がいりゃ、そのうちな」 こんな稼業で嫁やガキを養うのはキツいが、俺らの仲間はやたらと見栄を張りたがる。 元ヤンの下っ端なんか10代でデキ婚の奴もいるが、俺はそこまで本能に忠実にはなれねぇし、こんな裏街道を歩いていても、世の中の流れに同調している。 妻子を持てば負担が増すだけだ。 「おい、うかうかしてたらジジイになっちまうぜ、40過ぎたら白髪が出るからな」 「いやまあ~、そんな焦ってねぇし、ひとりが気楽だ」 稲森はまだ言ってくるが、こういう事を言うのはなにもこいつに限った事じゃねぇ。 運ばれてきたグラスをちびちび傾けながら、適当に受け流していた。 稲森は飲め飲めと煩いが、飲んでるふりをして誤魔化していると、スーッと誰かが近づいてきた。 小柄なので店員の姉ちゃんかと思ったが、真ん前に立たれて目が点になった。 「お前……、裕之じゃねぇか」 何故ガキが居酒屋に居るんだ? 「葛西さん、これは幹部会ですよね? 一応調べてきたんですが、確信がなくて……」 ガキは言ってきたが、また調べたのか? やっぱりストーカーじゃねぇの。 「誰に聞いてきた」 「韮組の下働きしてる人です、友達の兄貴なんで」 どうも変だと思ったら、うちの部屋住みに知り合いがいるようだ。 「そうだったのか、いや、あのな、ここは酒場だぞ、ガキが来る所じゃねぇ」 どのみち、中学生がくる場所じゃねぇ。 「わかってます、でも俺はうんと言って貰えるまで、帰りません!」 こんなとこまでやって来てごねるつもりらしい。 「ちょっと待て、今その話をするな」 多分、周りにはそっちのけがある奴が混ざってる。 酒が入ってる席で迂闊な発言をするのはマズい。 任侠を重んじるのはうちの組だけで、あとは皆似たり寄ったりな無法者だ。 「承諾してくれなきゃ無理です、葛西さん、頼みます、俺を買ってください!」 言っちまった。 しかもでけぇ声で……。 周りは一斉に裕之に注目した。 「おいボウズ、今おもしれぇ事を言ったよな?」 四七築組の坊主頭、刈谷が食いついてきた。 「はい」 「買ってくれって、金がいるのか?」 「はい」 なんだか怪しい空気が漂い始めた。 「ちょい待ちな、このガキは俺に会いに来た、今、家に帰るように言ってたとこだ」 俺にここまで執拗に頼むんだ。 って事は、ひょっとしたら他の奴が買うと言ったら、乗っちまうかもしれねぇ。 それは駄目だ。 いくら債務者のガキだからと言って、俺が関わったわけだし、こりゃほっとくわけにゃいかねぇ。 「ほお、葛西、あんたはそっちは無理だと思っていたが、いける口だったのか、へへっ、だったら買ってやれよ、可愛らしいガキじゃねぇか」 刈谷は勝手な事を言ってるが、どうやら奴はこのガキに興味を持ったようだ。 「それは俺が決める事だ、あんたは黙っててくれ」 早いとここっから連れ出した方がいい。 「ふーん、なあ僕よ、年はいくつだ?」 なのに、刈谷は裕之に問いかける。 「13」 「へえ、13か、ガチでガキじゃねぇの、そいつはまた……、へへっ、こっちに来な」 「ちょっ……」 刈谷は手招きして裕之を呼び寄せ、裕之は止める間もなく刈谷んとこに行っちまった。 「俺に付き合や、たんまり小遣いやるぜ、な、本気で俺と付き合うか?」 裕之はスキンヘッドの刈谷を前にしても全然ビビってねぇ刈谷の真ん前に立っているが、思った通り刈谷はマジな面で裕之に話を持ちかける。 こりゃ、マズい。 「ちょっと待ちな!」 慌てて2人のそばに行った。 「なんだよ~、俺はこの僕ちゃんと話をしてるんだ、邪魔するな」 刈谷は不満げに言ったが、そうはさせるか。 「勝手な事をして貰っちゃ困る、このガキは俺んとこの闇金の客のガキだ、で、俺に会いに来た、ウリは無しだ」 こういう奴にはキッパリ言わなきゃ、刈谷はマジで裕之を買うつもりだ。 「ったく~、なんだよ、だったらお前が買えよ、じゃねぇと俺のメンツが立たねぇ」 メンツだなんだとごちゃごちゃ言いやがって、結局裕之を買いてぇから言ってるんだろう。 鬱陶しい野郎だぜ。 「ああ、買うつもりだ、これで満足か」 この際、そう言うしか仕方がない。 でなきゃ、下手すらゃ殴り合いになる。 「ようし、言ったな、じゃ、早速連れて行け、ラブホに連れ込んでやりゃあいい」 刈谷は納得したように見えたが、わざとらしく嫌な事を言ってくる。 「今すぐにか?」 「お前は嫁がいるわけじゃねぇんだ、お持ち帰りしろ」 奴は本当は自分がモノに出来ねぇから、意地になってやがる。 「いや、急には無理だ、俺にも都合ってやつがある」 そんな事まで強制される筋合いはねぇ。 「連れて帰らねぇなら、俺が貰う、な、裕之って言ったか、俺なら即OKだ」 刈谷は下心丸出しで裕之に話しかける。 「ちょい待て、連れて帰りゃいいんだろ……、ったく、わかったよ」 なんせ酒が入ってる状態だ。 連れて帰るふりでもしなきゃ、ハゲの酔っ払いがうるさくってしょうがねぇ。 「裕之、こっちに来い」 「はい!」 裕之は張り切って返事を返し、俺んとこに駆け寄ってきた。 「あ、おい葛西、今来たばっかしだろ」 稲森がブツクサ言ってきたが、この状況じゃ店から出るしかねぇ。 「ああ、わりぃな、また連絡するわ」 どうせ早く帰りたかったし、ここは怪我の功名という事にでもしておこう。 俺は裕之を連れて店から出た。 通りの酒場はかきいれ時で、どの店も賑わっている。 目立たない所に裕之を連れて行き、財布から金を出して差し出した。 「ほら、これでタクシー呼んで帰れ、スマホくらい持ってるだろ」 なんで債務者のガキに金をやらなきゃいけねぇのか、自分でもバカだと思ったが、こんな夜になってバスや電車じゃ物騒だ。 「葛西さん、俺を買ったんじゃ?」 裕之はガッカリしたような顔で言った。 「あのな~、なに期待してんだよ、大体よ、買われるって簡単に言うが、どうせ意味なんかわかっちゃねぇんだろ」 たかが中学生だ。 きっと遊び感覚でかるーく考えてるに違いねぇ。 「俺、ちゃんと調べました! アナルSEXの事!」 呆れて言ったら、裕之はデカい声で堂々とやべぇ事を口にする。 「ば、馬鹿……声がデカい」 周りを通り過ぎる奴らがチラチラこっちを見てやがる。 俺のこの風貌で厨房のガキを連れてりゃ……怪しすぎるだろう。 「だから……知ってます、俺、今夜は葛西さんについて行きます」 そしたら、今度は小声で言ってくる。 「はあ? なに言ってる、勝手につきまとって、挙句の果てについてくるだと?」 このガキは一体何を考えてるのか、さっぱりわからねぇ。 「俺、父さんにも話しました、母さんはいません、先日、離婚して出て行きました」 あー、よくあるパターンだな。 女房が負債を抱えた亭主を見限って捨てる。 「だから……父さんだけだ、で、父さんに話したんです、俺が話をつけてくるって、父さんはウリをやる事を承諾してくれた、俺、買って貰わなきゃ帰れない」 息子が体を売るのを認める親父って、どんな親父だよ。 つか、息子を借金のカタにして逃れようなんざ、最低の親父じゃねぇか。 「裕之、お前の親父は頭がおかしい、どこの世界に息子を売る親がいる、俺が叱ってやる」 こうなりゃ親父を説教してやる。 「違います、俺が言ったんです、あの家は死んだ爺ちゃんが建てた家だ、爺ちゃんは俺を可愛がってくれた、俺は爺ちゃんとの思い出が詰まったあの家を手放したくない、それで父さんを説得したんです」 「説得って言ってもな」 そりゃ爺ちゃん云々って聞いたら、なんとなく同情するところもあるが、それでもこんなこたぁ異常な事だ。 「葛西さん、お金は受け取れません、もうあんまり時間がない、意地でもあなたについて行きます」 時間がないって事は、銀行か他の金融会社がなにか言ってきたのかもしれない。 「な、お前の親父は銀行からも借りてるだろ、そっちはなにか言ってきたか?」 ひとまず銀行にしぼって聞いてみた。 「はい、このままじゃ差し押さえになるって」 やっぱりそうだ。 しかし、うちに売れと言っても無駄だろうし、どうしたもんか。 「その家、うちに売ってくれりゃ助かるんだがな」 「それができないからあなたに……」 「けどな、どのみち取られて競売にかけられちまうぜ、俺らが申し立てしても通るかどうか、こっちは丸々損だ」 「じゃあ、取り敢えずニコニコ金融に売って、家を売らないでおいてくれたら……、俺が金を返しますから」 裕之はあくまでも自分が返すといったが、それを聞いていい考えが浮かんできた。 「ちょい待ちな、だったら、リースバックなら……いけるか」 「リースバックってなんですか?」 「売却した家にそのまま住める、但し、うちと賃貸契約を結ぶ事になるから家賃は払わなきゃならねぇ、競売よりはマシだと思うぜ」 売る側にはデメリットもあるが、この際、それしかないだろう。 「家賃を払うんですか?」 「そうだ、うちは闇金だが普通に不動産も扱ってる、お前は納得できねー部分もあるかもしれねぇが、銀行にぶんどられて、どっかに売り飛ばされるよりはマシだ、賃貸契約は3年、3年のうちに買い戻しゃ、家や土地はお前らの手元に戻ってくる」 「3年ですか……、それまでに金を返せばいいんですね?」 「そういうこったな」 ま、実際には不可能だとは思うが、このまま放置すりゃこっちが大損害になる。 「わかりました、俺、父さんに話をしてみます」 どうやらわかってくれたようだ。 「そうか、家に帰って親父にちゃんと話せ、じゃ、タクシー代を受け取れ」 「すみません」 裕之は納得して金を受け取った。 「なら、もう行け、大人しく帰宅しろ」 タクシーが来る表通りに行くように促した。 「はい、あの、葛西さん……、ありがとうございます!」 裕之は思いっきり頭を下げて礼を言うと、背中を向けて歩き出した。 「はあ~、疲れた」 金の事もあるが、マジで疲れるガキだ。
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