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◆◆◆ 今日は土建屋の社長と料亭にきている。 初めはたわいもない話をしていたが、某所の開発に関する話になり、社長は人員を流してくれと言う。 ひと昔前はタコ部屋があった。 闇金で返済できなくなった奴らを強制労働させるんだが、うちの親父はそういうのは避けてきた。 そりゃどんな事情があろうが、借金をする奴らに非があるのは明らかだ。 ただ、タコ部屋での生活は劣悪な環境でほぼタダ働きになり、中には死ぬ奴も出てくる。 現場は大抵奥深い山中だ。 人里離れた場所だし、そういう奴は付近の山中に埋められる。 借金塗れになって職や妻子、肉親、全てを失ったような連中だから、居なくなっても探す奴はまずいない。 監査が入った時だけ適当に取り繕って誤魔化すが、あまりにも人道に反するという理由で、うちの親父は断わり続けてきた。 ところが、ここ最近は色々とうるさくなり、タコ部屋は廃止、代わりに寮になったらしい。 うちは闇金をやってるのもあるが、この社長とは親しく話をする仲という事もあって、社長は俺に話を持ちかけてきたのだ。 「あの、わかりましたが、俺の一存じゃ決められねぇ、親父に話をしてみます、で、承諾が貰えたらって事で」 長い付き合いのある社長だし、話は受けるが、どうするかは親父が判断する。 「ああ、頼むよ、ところで……君のニコニコ金融が抱えてる負債者の中に、事業を起こして倒産した奴がいたな、確か仲本という名前だ、服飾関係の小売業をやっていたらしいが、あの業種は難しいからな」 社長は不意に仲本の事を口にしたが、業種が違うのに何故そんな事を知っているんだろうか……。 「どうしてそれをご存知なんで?」 「たまたまうちの娘がその店に通っててな、そこのオリジナルブランドを結構気に入ってたんだよ、アクタージュって店だ」 なるほど、娘さんから聞いてわかったらしい。 「そうですか、娘さんが……、娘さんはおいくつですか?」 「中学一年生だ」 「そうっすか」 裕之と同い年だ。 「で、アクタージュは一号店の滑り出しは好調だった、そこで様子見したらよかったのに、調子に乗って店舗をいきなり増やした、あの業種は競走が激しい、そう甘くはないからな、それからは自転車操業ってやつだ、ま、ありがちだがな」 事業が失敗したのは社長が言った通りだが、突拍子もなくそんな話をしたのは、何か他に話したい事があるんじゃないか? と思った。 「ですね、それで……、その仲本がなにか……社長が気にかけるような事でもありましたか?」 遠慮がちに聞いてみた。 「実はな、娘は一号店の顧客になってたんだ、その時に同い年位の男の子を見かけたらしい、娘はその子の事を気に入って、それで通ってたというのもあるようだ、店が潰れてしまい、会えなくなって悲しんでる、な、葛西君、君は債務者と話をしたんだろう、親バカなのは承知だ、そのー、娘をその息子に会わせてやりたい、なんとかならんか? いや、まだ中学生だからな、子供みたいなものだ、大人のお付き合いとか、そういうのじゃなく、ただ会って話をする、それだけでいい」 つまり娘が裕之に惚れたと、そういう事のようだ。 「わかりました、会わせる段取りをつけりゃいいんですね?」 理由はわかった。 裕之とは会う約束をしているし、店で会ってたとすりゃ、裕之もその娘を知ってるかもしれねぇ。 「ああ、そうしてくれたら有難いが、その……万一なにかあったら事だ、君が付き添ってくれないか?」 しかし、社長は俺にボディガードを頼んでくる。 「えっ、ガキのデートに……っすか?」 どんな娘なのかそんな事はわからないが、中一って言ったら裕之と似たりよったりだろう。 そんないかにもティーンエイジャーな2人に、俺がくっついて行くのは違和感ありすぎる。 「頼むよ~、俺はあんたを信用してる、だからお願いしてるんだ、手間賃はいくらか出す」 社長は下手に出て頼んでくるが、『手間賃』と聞いたら……迷いは一瞬で吹き飛んだ。 「わかりました、じゃあ、予定をみて考えます、向こうの息子には俺が連絡しますから」 約束を交わし、食うもんをたらふく食って料亭を後にした。 裕之からは、あれから夜に1度電話があった。 『どうした、何かあったか?』と聞いたら、『声が聞きたかった』とそんな事を言う。 恋人同士じゃあるまいし、『馬鹿な事を言うな、こんなおっさんの声なんか聞いても、いい事なんかありゃしねぇ』そう言って笑い飛ばした。 そのついでに学校の事を聞いたら、ちゃんと通ってるらしい。 俺は車に乗ってスマホを出した。 時刻は……午後4時すぎ。 ちょうど学校が終わる頃か? 社長から頼まれたし、早速電話をかけてみた。 ツーコールで裕之は電話に出たが……。 『はい、もしもし、仲本裕之です』 フルネームで答える。 『フルネームかよ、俺だ、葛西だ』 『葛西さん!』 裕之は嬉しそうにデカい声を出した。 『ああ、あのな、お前に話があって電話した』 いきなりだが、デートの事を話す事にした。 『あ、はい、なんですか?』 『あのよ、お前、父ちゃんの店、アクタージュに行ってたんだろう、そこで女の子が来てなかったか? お前と同い年だ』 『あ……カヨちゃんかな?』 やっぱり知ってるようだ。 だったら話は早い。 『そのカヨちゃんな、懇意にしてる土建屋の社長の娘なんだ』 『え、社長の娘?』 『ああ、で、カヨちゃんは……お前にほの字なんだとよ、へっ、よかったな』 まぁーまだ将来云々ははえーが、もし上手く行って婚約でもしたら逆玉だ。 娘の同情でも買や、惚れた弱みって事で家を買い戻せるかもしれねぇ。 『ほの字って……、俺、困ります』 しかし、裕之はやけに反応が悪い。 『んん、どした、困るってどういう事だ?』 『俺は父さんの店に行ってカヨちゃんに会いました、でもそれはお客さんだから話をしただけで……好きだとかそんな気持ちはありません』 てっきり喜ぶと思っていたが、全然嬉しそうじゃねぇ。 『いや、そうか……、ふむ、あのな、お前はまだガキだ、惚れた腫れたは無しで、とりあえず会ってやったらどうだ?』 反応の悪さに面食らったが、田本社長にはOKしちまったし、デートさせなきゃせっかくの手間賃がパーになる。 『えー、嫌だな……、好きでもない子と2人きりで会いたくない』 裕之は全然乗り気じゃなく、むしろ迷惑そうだ。 『あのな、社長から付き添いを頼まれた、だからよ、2人きりじゃねぇ、俺も行く』 ひょっとして俺が行けば乗り気になるかもしれない。 ダメ元で言ってみた。 『葛西さんが一緒なんですか?』 『ああ、3人で行くのはやっぱ嫌だろ?』 裕之がどう出るか、確かめるように聞いた。 『嫌なわけない、そっかー、葛西さんが一緒なら……、俺、行きます』 好きでもねぇ女の子よりも、兄さんになった俺がついていく方がいいらしい。 この調子じゃ玉の輿は無理っぽいが、会うだけでも会わさなきゃ、こっちも何かと金がいる。 『そうか? じゃあ、あれだ、やっぱり土日になるな、学校休みだろ?』 『はい、あの、今度の土曜日はどうかな?』 裕之は自分から言ってきた。 『次の土曜だな、わかった、向こうに連絡とって、また電話するわ』 『はい、待ってます』 『おお、じゃ、まただ』 話が纏まったところで電話を切った。 手間賃をいくら出すつもりかわからないが、あの社長ならそれなりな額だろう。 それは上手くいって良かったが、社長にはもうひとつ、人を回すように頼まれてる。 その件で親父と話をしなきゃならねぇ。 車を走らせて親父の屋敷に向かった。 屋敷に到着したら、車をガレージにとめて玄関から屋敷に入る。 すると、すかさず部屋住みが出迎えた。 「ご苦労さんです」 「おお、親父はいるよな?」 「はい、座敷にいらっしゃいます」 「そうか」 廊下に上がって親父の座敷に向かった。 親父の座敷の前に来たら、挨拶して座敷に入った。 親父は座椅子に座り、老眼鏡をかけて週刊誌に目を通している。 「葛西、どうした」 「はい、あの、実は田本社長と会ってきたんすけど」 「おお、こないだ会うと言ってたな、で、なにか言ってたか?」 「はい、今やってる現場で人が欲しいらしく、うちの闇金の方でにっちもさっちもいかなくなった奴らを回して欲しいと」 「タコ部屋は無しだ」 「わかってます、それが……タコ部屋は廃止したそうで、寮に入るらしいっす」 「寮? そりゃ本当か?」 「ええ、なんでも最近はうるせぇらしくて、あんまりひでぇ扱いはできないようです」 「うーん、奴隷以下な扱いじゃねぇなら構わねーか、うちも金を回収しなきゃならねぇからな」 「じゃあ、OKって事で宜しいですか?」 「ああ」 親父が人員を出す事を承諾したのは初めてだ。 あとは債務者に話をつけなきゃならないが、それは下のもんにやらせる。 金を返せねぇんだから、働くのは仕方がねぇ事だ。 「わかりました、それじゃあ、社長にそう伝えておきます」 デートに人員、両方上手くいってよかった。 社長も喜ぶに違いない。 喜びゃ金も奮発する。 たまにはこういう事もなきゃやってられねぇ。 「で、葛西、お前、例の債務者の件は上手くやったな」 親父は仲本の件を褒めてくれた。 「あ、はい」 「リースバックか、あれはいいようで残酷だ、どのみち出て行かなきゃならねぇ、期限までに返済するのは無理だ」 「はい、それはわかってますが、先に銀行に押さえられたら、うちが不利になるんで、仕方がねぇっす、それにリースバックに応じなきゃ、他所にとられて競売にかけられる、そしたら即出て行かなきゃならなくなる、いずれは出ていく羽目になっても、猶予がある分、諦めがつくでしょう」 あれはああするしかなかった。 「ま、そうだな、お前はよくやった、で、それはさておき、ちょいと肩を揉んでくれんか?」 「あ、はい」 親父ももう70近い。 引退もそう遠くねぇかもしれないが、親父ほどの人物はそうざらにはいねぇ。 できるだけ頑張って欲しい。 そう願いながら親父の背後に回り込み、膝をついて肩を揉んだ。
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