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◆◆◆
俺は社長と裕之、双方に連絡をとり、俺自身の予定を急遽あけた。
人員の方は田西に任せる事にしたので、田西は下っ端に命じて債務者を派遣するだろう。
社長に裕之がOKした事と人員の事を話したら、社長は大層喜んだ。
具体的な予定は……俺がまず娘を迎えに行き、次に裕之を迎えに行く。
それから2人を乗せて、最寄りの遊園地へ直行する。
遊園地に決めたのは俺が社長に提案したのだが、ティーンエイジャーときたら遊園地だと思ったからだ。
社長も二つ返事で『それで頼む』と言っていた。
◇◇◇
いよいよデート当日。
俺は約束通り、社長宅に娘を迎えに行った。
玄関に行ってドアホンを鳴らせば、社長はすぐに出てきて、ドアホン越しに満面の笑みで迎えてくれた。
「いやあー、悪いね、はははっ、これ、早いけど手間賃渡しとくよ、と、こっちはこいつらに何かと金がいるだろうからな、これも渡しておく」
早速現金の入った封筒を2つ差し出してくる。
「はい、ありがたいっす、2人の事は任せてください」
頭を下げて封筒を受け取った。
「ああ、君なら安心だ」
社長は俺を信頼してくれている。
金共々、それもまたありがたい事だが……。
それはそうと肝心の娘は? と思って娘に目を向けると、娘は社長の後ろに隠れている。
「こらカヨ、葛西さんにボディガードをして貰うんだ、挨拶しなさい」
社長に背中を押されて俺の前に出てきたが……。
「は、はい……、っと……よろしくお願いします」
恥ずかしいのか、それとも怖いのか? 緊張した様子で頭を下げる。
「カヨちゃん、こっちこそ宜しくな」
「あ、は、はい……」
できるだけ気さくな感じで声をかけたら、首をすくめて頷いた。
社長の娘だから我儘なんじゃねぇかと思っていたが、見た目はまだまだガキって感じだし、我儘なイメージとは程遠く、むしろ大人しい女の子だ。
生意気なガキじゃなさそうなのでホッとした。
「それじゃあ社長、娘さんを連れて行きますんで、帰りもあんまり遅くならねぇように送り届けます」
「ああ、頼む」
社長に頭を下げてつい車に乗ろうとしたが、先にカヨちゃんを乗せなきゃマズい。
カヨちゃんには後ろに乗って貰った。
見送る社長に頭を下げて車を出し、次に裕之の家へ向かったが、カヨちゃんの事が気になる。
ルームミラーで様子を見たら、カヨちゃんは窓の外を眺めていた。
まぁ、俺なんかに話はねぇだろうから、そっとしておいてやろう。
車内はお通夜のように静まり返っていたが、やがて裕之の家に到着した。
さっき電話を入れといたんで、裕之は家の前に出て待っていた。
「裕之、後ろに乗れ」
窓を開けて言った。
「あ、あのー、俺、葛西さんの隣がいいです」
すると、いきなり拒否って助手席を希望する。
「はあ? なに言ってる、おっさんの隣よりかわい子ちゃんの隣がいいに決まってるだろ、ったくー、後ろだ、後ろに乗れ」
「はい……」
後ろに乗るように強く言ったら、しょんぼりした顔で後ろに乗り込んだ。
カヨちゃんの事は好きじゃねぇと言ってたが、こりゃ……ガチだな。
遊園地で仲良くしてくれりゃいいが、この後が不安になってきた。
ま、しかし……見合いじゃあるまいし、たかがガキのお遊びだ。
遊具にでも乗れば、ちっとは砕けてくるだろう。
そう思って、なにげなく2人を観察していたら、カヨちゃんは裕之に話しかけているが、裕之は笑顔もなしで淡々と答えている。
怒ってるってほどじゃなく、本当に淡々と……って感じだ。
それでも、カヨちゃんは楽しそうにしてるから、見ているこっちは気の毒に思えてくる。
遊園地に着いたら、入園料を払って中に入った。
俺が先に立って歩いたが、裕之は俺の横についてくる。
カヨちゃんをひとりにしちゃマズいだろう。
「裕之、カヨちゃんと一緒に歩け」
屈み込んで小声で言った。
「でも……」
裕之は親しくなった俺の方がいいのかもしれない。
気持ちはわからなくもないが、相手は女の子だ。
裕之に会いたくて、今日やっと会えたっていうのに、肝心の裕之がカヨちゃんを無視して俺と歩いたら……社長に対しても申し訳ねぇ。
「お前に会いたくて来たんだ、その気持ちを察してやれ」
さっきよりも、もっと小声で説得した。
「わかりました……」
裕之は浮かない顔で返事をすると、カヨちゃんの隣に行った。
やれやれ……たかがガキのもりだと思ったが、案外気を使うものだ。
2人を連れてブラブラ歩いたが、すれ違う奴らがチラチラこっちを見る。
俺と目が合うと、顔を強ばらせて慌てて目をそらす。
まぁー分かっちゃいたが、俺がティーンエイジャー2人を引き連れて歩きゃ、当たり前に目立つ。
親子にしちゃちょいと無理があるだろうし、親戚だとしてもダークスーツを着たこのなりじゃ、どう見ても怪し過ぎる。
ひょっとして、人攫いとか人身売買を疑っちゃいねぇだろうな。
ま、通報するならしたらいい。
俺は真面目に保護者をやってるんだからな。
それよりも……遊園地に来たからには、ぼちぼち何かに乗せた方がいいだろう。
ちょうどメリーゴーランドが見えてきた。
「おい裕之、カヨちゃんと一緒にあれに乗れ」
立ち止まって振り返り、裕之に向かって言った。
「え……」
2人とも足を止めたが、裕之は硬直したように固まっている。
「『え』じゃねー、カヨちゃんと乗ってきなって言ってるんだ」
今はちょうど空いてるし、すぐに乗れる。
「あのー、葛西さんも一緒に乗って下さい」
だが、裕之は嫌な事を頼んでくる。
「あのなー、あんなのに乗ったら笑いものだ」
生まれてこの方、メリーゴーランドなんてもんにゃ乗った事がねー。
「じゃあ、いいです」
なのに、裕之はカヨちゃんと2人で乗るのを嫌がる。
「裕之、お前なー」
「だって……」
睨みつけたら、泣きそうな面をして俯いた。
その様子をカヨちゃんが不安げな顔で見ている。
社長には『遊園地は楽しかった』と、そう言って貰わなきゃマズい。
手間賃貰ったし、仕方がねぇ。
「わかったよ、じゃ、乗ってやる」
3人でメリーゴーランドに乗ったが、もちろん馬車の方だ。
メルヘンチックな音楽が流れだし、メリーゴーランドが動き出した。
ゆっくりと回転する遊具、周りにいる奴らが何気にこっちを見ている。
こりゃ予想以上の恥ずかしさだ。
こんな恥ずかしい思いをしたのは何十年ぶりだろうか。
2人は俺の向かい側に座っているが、カヨちゃんは嬉しそうにしている。
恥ずかしいのは堪らねぇが、とりあえずホッとした。
裕之は無表情だが、この際裕之はいい。
カヨちゃんに喜んで貰わなきゃ、俺の苦労が水の泡になっちまう。
馬車は緩やかに上下に揺れ動き、遊具はぐるぐる回り続ける。
こりゃまるで、昔の回転ベッドだな……。
そう思っていると、野次馬らしき奴らが写真を撮ってやがる。
てめぇの連れでもなんでもなく、明らかに俺を写している。
「くっ……」
ムカついた。
ぶん殴ってやりてぇが、デートを台無しにするわけにはいかねぇ。
我慢だ。
ここは堪えるしかねぇ。
試練を乗り越え、ようやくメリーゴーランドが止まった。
「はあー……」
「葛西さん、ありがとう」
馬車から降りたら、裕之が笑顔で言ってきた。
「ああ」
写真を撮ってた奴らは、いつの間にやら姿を消している。
イチャモンつけられちゃやべぇと思って、さっさと逃げたんだろう。
「へへっ、葛西さん、やっぱり優しい」
裕之はニタニタしながら俺に言ってくる。
「あのなー」
カヨちゃんを無視してやけに嬉しそうだ。
普通なら女の子とデートするだけでハイになりそうなものだが、裕之は俺と話をする時だけ笑顔をみせる。
「兄さんでしょ?」
呆れていると、痛いところを突いてきた。
「お、おう……、そりゃまぁな」
確かに約束したし、俺は裕之の兄さんだ。
「裕君、それなに? 兄さんってどういう意味?」
カヨちゃんが首を傾げて聞いた。
「葛西さんは俺の兄さんになってくれる事になったんだ」
裕之の言う通りだし、俺は特に言う事はない。
「ええ、他人なのに?」
「うん」
「えー、どうして? だってさ、パパは韮組の人だって言ってた、それなのに……いいの?」
カヨちゃんは組の事を口にする。
「あっ!」
言った後でハッとして口を押さえ、バツが悪そうに俺を見上げた。
「いいんだよ、事実だからな」
カヨちゃんは最初会った時にモジモジしていたが、やっぱりヤクザだからびびってたようだ。
「葛西さんはヤクザだけど、いい人だよ、俺を助けてくれた」
「お、おい……、よせ、そんなんじゃねー」
裕之は大袈裟に言ったが、ありゃ決して助けたわけじゃねー。
「リースバックね、パパから聞いた、あれはいずれ出ていかなきゃならない」
カヨちゃんはよく知ってるらしい。
社長から聞いたのかもしれねぇが、ガキにそんな事を話すのは……俺的にはいただけねぇ。
「そうだけど、すぐに取られるよりはマシだ」
「だけど、助けたっていうのは違うと思う」
さすがは社長の娘だ。
大人しく見えたが、実のところ、やっぱり我儘でデリカシーに欠けるとこがあるんだろう。
「いいだろ、カヨちゃんには関係ない、どう思おうが、俺の勝手だ」
裕之がムカつくのもわかるが、カヨちゃんにキツく当たられちゃ困る。
「裕君、兄さんとか言って、凄く慕ってるんだね、だから一緒に乗ってって言うんだ」
けど、カヨちゃんは腹を立ててしまった。
「ああ、兄さんなんだからいいじゃん、嫌なら別にいいよ」
裕之は裕之で完全に不貞腐れている。
これはかなり雲行きが怪しくなってきた。
「裕之、せっかくのデートなのに、そんな怒るなよ」
「俺は別に……デートなんかしたくない」
なんとか機嫌を直して欲しかったが、すっかり臍を曲げてしまった。
「わたし、裕君がいっつも丁寧に接客してくれて、嬉しかった、だから急にお店が潰れちゃってショックだった……、それで、パパに会いたいって言った、だけど……裕君はあたしの事を好きじゃないんだね」
カヨちゃんは泣きそうな顔で訴える。
やべぇ……。
「いや、カヨちゃん、裕之も両方まだ中一だろ、な? 好きだなんだというのははえー、まずは友達としてだな……」
ここはなんとか、機嫌を直して貰いてぇ。
「葛西さん、わたし……帰ります、すみませんが家まで送って貰えます?」
だが、無駄だったようだ。
いきなり帰るときた。
「いや、ちょい待て、はやまるな、裕之はちょっと言いすぎただけだ、機嫌なおせ」
屈み込んで必死にカヨちゃんを宥めた。
「俺、悪いとは思ってないから」
なのに……裕之がぼそっと言った。
裕之ーっ! てめぇ、この馬鹿野郎。
と言いたかったが、カヨちゃんにも非があるのは確かだ。
「もういい、葛西さんお願いします、早く帰りたい」
もう駄目だ。
「そうか……、わかった、じゃ、出るか」
こうなっちまったら、もう俺にはどうしようもねぇ。
3人で遊園地を後にしたが、こんな事になっちまって、カヨちゃんは社長にこの事を報告するだろう。
ま、仕方がねー。
犬や猫なら簡単にくっつくだろうが、当たり前に2人は人間だ。
いくらガキでも、やっぱこういう事はそう簡単にゃいかねぇ。
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