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◆◆◆
後日、遊園地の件は、社長にきっちり伝わっていた。
俺は社長に電話して『申し訳ねー事をした』と謝ったが、社長は『子供同士の事だ、気にするな、何事も経験がものを言う、うちの子は我儘に育ててしまったもんで、たまには挫折を味わう方がいいんだよ、物事は自分が思うように運ばない、それを身をもって体験したんだ、それはそれで有意義な事だ』と、そんな風に言ってくれた。
社長ができた人でよかった。
人員派遣の方は、首が回らなくなった奴らが5人現場へ行く事になっている。
話はそれで終わり、電話をきったら、またすぐに電話がかかってきた。
スマホの画面を見たら、刈谷からだった。
紹介しろと言ってたし、その事かと思って電話に出た。
『おう、俺だ』
『葛西、おめぇ、遊園地でメリーゴーランドに乗っただろ』
ところが、いきなりメリーゴーランドの事を言う。
『えっ……、どうしてそれを知ってるんだ?』
意表を突かれて唖然となった。
『あのな、目だけは隠してあるが、髪型や服装からおめぇに間違いねーと思ってよ』
『ありゃ、社長に頼まれてガキのもりをしたんだ、つーかよ、だから……何故それを知ってるんだ』
『SNSだよ、Facebookに写真が上がってたんだ、タイトルはよー、(珍百景、ヤクザがメリーゴーランド)だったぜ』
『Facebook……』
あの時の野次馬がSNSにあげやがった。
『暇つぶしにざっと流し見してたら、ヤクザってのが目に入った、で、見てみたら、どっかで見た雰囲気じゃねぇか、しかもガキを2人連れてる、ひとりはお前が手ぇ出したガキだ、ちっこい体を見りゃわかる、ガキの方も目を隠してあったが、こりゃおめぇに間違いねーと思ってよ、やっぱりガチだったんだな、っはは! 事務所で見てたんだが、皆大爆笑だ、めちゃくちゃウケたぜ、つかメリーゴーランド……なははっ!』
刈谷はゲラゲラ大笑いしやがったが、知るか……。
笑いたきゃ笑え。
『あのな、ありゃちょいと知り合いに頼まれて……さっきも言ったが、もりをしたと言っただろ、しっかしよ、よく平然とそういうとこにあげるよな、もしバレてボコされたらって思わねーのか?』
『今どきの奴は話題になりゃなんでもやるからな、それにわざわざ特定してボコしたりしたら面倒な事になる』
馬鹿な事をやらかすYouTuberとか、そういう奴がたまにいるが、確かにこんな事でムキになってちゃ逆に恥をかく。
目を隠してあったのがせめてもの救いだ。
『で、もりってなんだ?』
『悪ぃが、そこら辺は話したくねー』
刈谷とは特に親しくもねーし、プライベートな事は話したくねぇ。
『ま、じゃあ、深くは聞かねーが、おめぇ、あの裕之ってガキとよろしくやってるんだよな? 前に話したが、誰かいねぇか?』
人を散々笑いやがって、結局そこに話がいった。
『いねぇよ、悪い事は言わねー、やめとけ』
俺はほんとは何もしちゃいねぇ、だから捕まる事はねぇが、刈谷はがちでガキに手を出すだろう。
つまらねー真似はやめた方が身のためだ。
『ったく、ケチだな、自分だけいい思いをしやがって』
『いい思いなんかしてねぇ、俺はそっちを目的に会ってるわけじゃねーからな』
『じゃあなにか? ただ会って話をしてるだけだっていうのか? 嘘をつくな』
『俺はな、あいつの兄貴になったんだ』
『はあ? なに言ってる』
『裕之は兄弟がいねぇ、だから兄貴になった』
『なんだそりゃ、じゃ、おめぇ……兄ちゃんやってるっていうのか?』
『そうだ』
『しかしよ、居酒屋ん時に連れて出たじゃねぇか』
『ああ、あん時は連れ出したが、最後までやっちゃいねぇよ』
何もしてないって言うわけにはいかねぇから、ぼかして言った。
『マジか? つーか……おめぇ、最後までやらなくても途中まではやったんだろ? それで兄貴になってメリーゴーランドか? な、お前、大丈夫か? 薬やってるんじゃねーよな?』
刈谷は俺がハチャメチャな事をしてると思ったらしく、シャブをやってるんじゃねぇかと疑ってきた。
『うちは薬はご法度だ、誰がやるか』
『えっ、じゃさっきのはマジな話なのか?』
『あのな、もういいだろ、切るぞ』
『あ"ー、ちょい待て、紹介しろ』
『まだ言ってるのか、いねぇ、じゃ、またな』
うぜーから、一方的に電話を切った。
「今の……刈谷さんっすか? あ、これ、ここに置いときますね」
今日は事務所に来ているが、田西が珈琲を持ってやってきた。
「ああ、あいつ、しつけーんだよ」
デスクに置かれたマグカップをとって、口に運びながら言った。
「裕之っすか……、誰か紹介しろって言ってるんですね?」
「そうなんだ、無理だって言ってるのによ」
「適当にはぐらかすしかないっすね」
「だな、はあー、めんどくせぇ、つか……ショタコンって、変態じゃねーの」
「ははっ、ま、そうっすね、だけど兄貴、俺……思うんすけど、裕之は兄貴に惚れてるんじゃ?」
「はあ? 馬鹿な事を言うな、あれだ、兄さんだ」
「そうっすかねー、多分……一番最初にニコニコ金融にきた時、裕之は相当びびってたと思います」
「あれがか? 俺に対してハキハキものを言ってたぜ」
「ええ、ただ、勘が働いたんじゃねーかと、兄貴と一言二言言葉を交わしてみて、『この人は大丈夫な人だ』って、あれっすよ、動物的な勘」
「動物って……、ただ嘗められてるだけじゃねーか、はあーあ、ガキに嘗められるようじゃ、俺も落ちたものだな」
「いや、嘗めてるんじゃなくて、大丈夫な人だと思って好感を持った、ほら、俺らみたいな稼業はやたらオラついてるイメージあるっしょ? それが付き纏ううちに『こんな怖そうな人が意外と優しい』って思った、で、リースバックの件を恩に思って……完全に惚れちまった」
適当に聞き流そうと思っていたが、田西の話は妙に合点がいく。
とは言っても……。
「いや、ちょい待て……、俺は刈谷みてぇなショタコンじゃねーからな」
誤解されたら困る。
「はははっ、ええ、わかってます、ただ、裕之はそう思ってるんじゃねーかと、単にそう思っただけっす、いいじゃないっすか、裕之は俺のファンにもなるって言った、俺は素直に可愛いと思う、通常、そこらのカタギに関わる事はねーが、たまにはそういうのもありっすよ」
「そうだな……」
珈琲を啜りながら答えたが、田西の話を聞いたら……変に裕之の事を意識してしまう。
俺はあいつを救ってやる事はできねー。
このまま兄弟ごっこを続けていいんだろうか?
まだ3年はあるが、その3年が来たら……。
もしも本当に裕之が俺に個人的な感情を抱いてるとしたら、俺はそれを叶えてやる事はできねーし、その上裕之は実家を手放す羽目になる。
たまにはカタギの気分を味わいてぇと思って、安易に承諾しちまったのは、失敗だったかもしれねぇ。
もう一度考え直した方がよさそうだ。
◇◇◇
俺は一晩中考えた。
で、やっぱりあいつには会わねぇ方がいいと思った。
裕之にちゃんと話をしなきゃならねーし、学校が終わる夕方まで待つ事にした。
とは言っても、俺はボケッと待ってる暇はねぇ。
あちこち行く所がある。
まず定例会に出て、それが終わったら仲間んとこに祝儀を届けに行き、別の仲間に見舞い金を渡しに行った。
田西が同行して一緒にあちこち回ったが、運転は田西がやる。
「兄貴、どうします? おやっさんのとこに行きますか?」
ひと通り用が済んだので、田西はハンドルを片手で握りながら聞いてきた。
「いや、なんか食いに行こう、俺の奢りだ」
「あ、いいんすか?」
「おお、構わねー、お前のお陰で色々と助かってるからな」
「そうっすか? へへっ、ありがとうございます」
バタバタしてて、まだ昼を食ってねーし、とりあえず田西と一緒に飯を食いに行く事にした。
手っ取り早く食えるラーメン屋に入って、2人してラーメンを食った。
ついでに餃子もだ。
食いながら俺は考えていた。
こいつも裕之と関わってるし、田西には俺の考えを明かした方がいいだろう。
食い終わって箸を止め、話を切り出す事にした。
「なあ、田西」
「はい」
「俺は……裕之の兄貴をやめようと思うんだ」
「えっ、どうしてですか?」
わかりきった反応だったが、思った通り田西は驚いた。
「いや、3年たったら……あの親子は出て行かなきゃならねぇ、それに、お前が言ったように、あいつが俺に惚れてるとしたら……、俺はさすがにキツいわ、債務者から金を回収するのは慣れてるが、こりゃちょっと……良心ってやつが痛む」
「そうっすか……、いや、わかります、ほんとなら関わらねー方がいいでしょうね、けど……ちょいと気になるんすよ、刈谷さんが」
「おお、あいつか」
「ええ……、あれだけしつこく紹介しろと言ってくる位だ、兄貴が裕之から離れたら……ちょっかい出さねーか、心配になります」
そう言われたらそうだ。
確かに、刈谷がなにかやらかすかもしれねぇ。
こりゃ、参った……。
「うーん、じゃあ、どうすりゃいい」
「そうですね、辛いっすけど、やっぱり今のままを続けるしか」
「はあー、そうか……」
せっかく決心したが、俺が裕之から離れてもし刈谷が裕之に悪さをしたら……俺は自分を抑える自信がない。
仮の兄弟だとしても、弟に手を出されたりすりゃ、ただでは済まさねー。
しかし、仲間うちで争ったりすりゃ厳罰になる上、後々組同士の関係が悪くなる可能性もある。
……現状維持しかない。
なんだか気が重くなってしまったので、ため息と共に重い気持ちを吐き出した。
「あのー、兄貴が会うのが嫌なら……俺が代わりに行きましょうか?」
すると、田西が言ってきた。
「ん……、お前が?」
「俺もファンだって言われたし、強面な奴が好きなら、多分……俺でもいけると思います」
「お、おう……、そうだな」
確かに、裕之は田西の事もファンだと言った。
俺だけと関わるよりは、田西も参加した方がいいかもしれねぇ。
「じゃあ兄貴、それを裕之に伝えといてください」
田西はなんだか嬉しそうだ。
「おう、わかった、言っとくわ」
ぼちぼち裕之に電話しようと思っていたが、田西の事を話そうと思った。
ラーメン屋を出たら親父の家に向かったが、その前に裕之に電話した。
『あ、葛西さん!』
裕之は毎度嬉しそうに電話に出る。
『ああ、学校は終わったか?』
『はい、今帰宅中です』
『おお、自転車ならちゃんと降りて話せ、危ねーからな』
『はい、わかりました、っと……、ちょっと待ってください、自転車とめます』
『ああ』
俺は裕之が自転車から降りるのを待った。
『あっ、すみません……とめました』
『そうか、あのな、実は……田西もお前の兄ちゃんになりてぇって言うんだ、いいか?』
田西はすぐわきの運転席で俺が電話するのを聞いている。
『あ、田西さんも……ですか?』
『嫌か?』
『いいえ、嬉しいです、じゃあ、2人兄さんができたって事ですね』
『そうだな、じゃ、田西にも電話番号教えるからな』
『はい、どうぞ、へへっ、やった』
裕之は思わぬほど喜んだが、俺は何故かちょっとがっかりした。
『ま、そういうこった、今忙しいからまた電話するわ』
『はい、わかりました』
『んじゃ、またな』
『はい、失礼します』
電話を切ったら、田西がニヤついている。
「兄貴、OKなんすね?」
「ああ、すげー喜んでた、兄さんが2人できるってな」
「おお、そうっすか、いやー、嬉しいな」
田西もめちゃくちゃ喜んでやがる。
「ま、2人で行ってもいいだろう、そうすりゃ罪悪感が減る、お前に分担されるからな」
俺はどこか寂しいような気がしたが、そこんとこは気持ちが楽になるし、裕之が喜んでるんだから……これでいい。
「ははっ、ええ、大丈夫っす、俺も罪悪感を負担しますから」
田西は笑顔で言った。
こいつ……昔は頼りなかったが、いつの間にか何でも任せられる程、頼りになる弟分になっている。
兎にも角にも、裕之の事は自分なりに納得したので、おやっさんの屋敷に向かった。
屋敷に到着し、田西を連れて玄関に入ったら……真ん中にカシラの靴がある。
「ご苦労さんです」
部屋住みが俺達を出迎えたが、俺は思わずフリーズした。
「おう、カシラ……来てるのか?」
俺はわかっていて敢えて部屋住みに聞いた。
カシラの東堂さんは大の苦手なので、内心どうしようか迷っていたからだ。
「はい、いらしてます」
部屋住みは当たり前に居ると言い、やっぱここは逃げた方がいいと思った。
「そうか……、田西、もう1回出ようか」
俺は靴を脱がずにくるっと踵を返した。
「あのでも兄貴……、多分気づいてますよ、カシラはガレージをマメにチェックしてますし」
「くっ、そうか……なら仕方ない」
だが、逃げられそうにない。
「兄貴、俺が一緒にいます」
田西は力強く言ってくる。
「おお、そうだな……、じゃ行くか」
確かに、田西が共にいればちっとはマシかもしれねー。
2人で親父の座敷へ行った。
挨拶して座敷に入ると、親父のそばに東堂さんが座っている。
頭を下げて2人が座る座卓の向かい側に行き、少し距離をあけて座った。
田西は俺の隣にいる。
そこはかとなく漂う緊張感。
親父はいつも通りなんだが……東堂さんが俺をじっと見ている。
なんとも言えぬ嫌な空気が座敷に充満し、息苦しさを感じた。
「葛西、おめぇーこの野郎、俺がいねぇ時にばっか来やがって、ちっとは顔を出さねぇか!」
そう来るとは思っていたが、カシラは頭ごなしに怒鳴りつけてくる。
「すみません、色々とゴタゴタしたもんで」
この人は毎度この調子で、細かいことをいちいちうるさく言う。
「言い訳か? おい、隣の座敷に行け」
……また始まった。
親父の座敷は2部屋に分かれている。
真ん中に襖があるのだが、カシラはもうひとつの座敷へ行けと言う。
「いえ、そんなつもりは……、すみません」
頭を下げてひたすら謝ったが、カシラはこうやってゴネて……。
「うるせぇ、小一時間ほど説教してやる」
日頃の鬱憤をグチグチネチネチ、八つ当たり的に俺にぶつけてくるのだ。
「おい、よさねーか、葛西はな、真面目にシノギをこなしてる、こいつはよく働いてる、説教なんぞ必要ねー」
おやっさんが注意してくれた。
「はい、わかりました、説教は無しにします、すみません」
カシラはすんなり従った。
「で、田西、お前が人員派遣を担当していたが、視察は行ったか?」
親父は人員派遣の事を田西に聞いてきた。
「いえ、まだです」
田西もそう暇じゃねーから、まだ現場の確認はしてない。
「そうか、必ず確かめておけ、あの社長が嘘をつくとは思えねーが、念の為だ」
「はい、わかりました」
「ったく、お前らふらふら遊び歩いてんじゃねーぞ」
東堂さんがぶつくさ言ったが、俺達は真面目にやっている。
「すみません」
ムカついたが、東堂さんはカシラだから頭をさげるしかない。
「ああお前ら、もう行っていいぞ」
おやっさんが言ってきたが、マジで助かった。
「はい、それじゃあこれで……、失礼します」
挨拶をした後、田西を引き連れて座敷を出た。
「カシラは……相変わらずっすね」
座敷から離れたところで、田西が小声で言ってきた。
「ああ……」
おやっさんは尊敬に値する人間だが、本音を言や、東堂さんみたいな人間が若頭をやってるのは納得出来ねぇ。
組の連中も、あのカシラにはできるだけ関わらねぇようにしている。
あの人のそばにいたら、『小姑かよ』って突っ込みたくなる位、抜かりなく難癖をつけてくる。
確かに叱る事は必要だ。
他所じゃやたら殴る奴もいるぐれぇだから、そう思やマシかもしれねぇ。
ただ、重箱の隅をつつくようなつまらねー事で長々と説教をするのはバカみてぇだ。
昔、まだ俺が今より若かった頃、東堂さんは大手ゼネコン絡みでデカいシノギをとった。
どんなやり方をしたのかその辺は謎だったが、それをきっかけに若頭に昇進した。
ちょうど若頭のポストが空いていた事もあってそうなったのだが、その後暫くして、幹部が数人組を抜けた。
東堂さんのやり方について行けなかったからだ。
お陰でこっちは幹部に繰り上がったが、俺はこの田西とつるんで、可能な限り東堂さんを避けている。
親父はそこら辺の事はとうに気づいている。
だから、無理に同席しろとは言わねー。
各自やる事をやっていればヨシというスタンスだが、それは表向きの話で、本音じゃ親父はこれ以上人が離れる事を危惧しているんだろう。
それならば、いっそ東堂さんをやめさせりゃいいと思うんだが、過去にデカい功績をあげただけに、そう簡単にはいかないようだ。
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