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◆◆◆ 裕之との関係に田西が参加する事になった後も、俺と田西はいつも通りにシノギや付き合いをこなしたが、それから数日経った夕方、裕之から電話がかかってきた。 少しばかり話をして、次の土曜日の午前中、3人で会う事になった。 ………………………… 当日になり、田西の運転で裕之を迎えに行ったが、土曜日だから学校は休みだ。 家の前に車をとめたら、裕之はパステルカラーのパーカーを着てやって来た。 まん丸い面ぁしやがって、小学生でも十分通用しそうだ。 「おお、乗れ」 窓から顔を出して、後ろに乗るように言った。 「はい、あのー、葛西さんも後ろに来てください、俺、ひとりじゃ寂しいです」 裕之はまたわがままを言う。 「お前な、ガキかよ……」 「兄貴、ひとりじゃつまんねーっすよ、隣に乗ってやったらどうっすか? ほら、兄さんなら構わねーでしょう」 けど、田西が乗るようにオススメしてきた。 「お、おお、そりゃまあー、しょうがねーな」 兄さんって言葉にゃ弱い。 一旦降りて裕之と一緒に後ろに乗った。 「えへへっ、兄さん」 「よせよ……」 そんな事を言われて、照れ臭くなる自分が恥ずかしい。 「田西さんも兄さんだし、俺、ヤクザな兄さんが2人も出来て幸せだー」 裕之はめちゃくちゃ嬉しそうだが、俺はそれには同調できねー。 「あのな……、俺らは善意でやったわけじゃねー、金を回収する為だ」 頼むから俺達を美化するのはやめて欲しい。 「それはもうよーく分かってる、それでもいい、俺さ、韮組に入る」 とか思っていたら、とんでもない事を言い出した。 「はあ? お前、なに言ってる」 「そしたら、2人と会えるし」 そんな安易な理由でヤクザになりてぇとか、それこそガキの考えじゃねぇか。 「あのよー、そんな楽な世界じゃねー、シノギを稼ぐのは大変なんだぞ、今は法律がうるせぇからな、表向きまっとうな商売をしなきゃ稼げねー、それか……詐欺、賭博、薬……、悪い事をした方が稼げる、だから他所は大抵やってるんだ、うちは細々とやってるからよ、厳しいぞ、それに、シマを荒らす奴がいたら喧嘩だ、ぶん殴って場合によっちゃ手酷くヤキを入れる」 こんな稼業に身を投じるのは馬鹿だ。 俺は馬鹿だからヤクザなんかになった。 「でも、最近はインテリヤクザって言うし」 ざっと説明してやったのに、裕之はまだ軽く考えてる。 「ああ、そりゃ小難しい事を処理する為に学のある奴を使う組もある、ただな、そうは言っても、それはそれだ、サラリーマンみてぇに、毎日定時に事務所に通って事務仕事……ってわけにゃいかねぇ、学のある奴はそういう仕事をさせる為の駒に過ぎねぇ、最近は昔みてぇにダンプで事務所に突っ込むような事はなくなったが、切った張ったの諍いが減ったわけじゃなく、目立たねぇとこでやるようになっただけだ、だからよ、暴力団ってのは確かにあたってる、上下関係で暴力、恐喝で暴力、縄張り争いで暴力、だから暴力団なんだ、なあ裕之、殴ったり殴られたり、そんな事ぁ嫌だろ?」 「俺、頑張ります」 「はあ? なにを頑張るんだ」 「空手か柔道、格闘技を習います」 「いや、あのなー」 はーあ……、なんだか力が抜けてきた。 「はははっ、よかったっすねー、これで人員確保っす」 田西が冗談っぽく笑って言った。 「馬鹿、駄目だろうが」 冗談でも認めちゃ駄目だ。 「俺、本気です」 けれど、裕之はやる気になっている。 「あー、わかったわかった、とにかくな、勉強しろ」 もう面倒臭くなってきた。 「はい、じゃあ、俺、駒でかまわない、インテリヤクザを目指します」 アホか……なに目指してんだよ。 「駄目だ、いーか? そんな事は忘れちまえ、わかったな?」 ちょっとキツめに睨みつけて言った。 「はい」 裕之はやけにすんなり返事をしたが、本当にやめる気になったのか、めちゃくちゃ怪しい。 とは言え、今はそれよりも……まだどこに行くか決めてねー。 「で、目的もなく走っても意味ねーだろ、田西、どこに行く、なんかいい所を言ってみろ」 「そーっすね、んじゃ、裕之、お前はどこに行きてぇ」 結局、裕之頼りかよ……。 「そうですねー、じゃあスーパー銭湯」 「あー、あの御家族連れ御用達なアレか? 爺さん婆さんが行って、芝居とか見るんだよな?」 「そうです」 「そりゃ駄目だ」 「あ、やっぱり嫌ですか?」 「いや、俺は墨が入ってる、あの手の施設は入れねー」 俺は上半身に墨を入れている。 「えっ、墨って……刺青ですか?」 「ああ」 「すげー、本格的だ」 ビビるかと思ったら、裕之は目をキラキラさせてやがる。 「本格的って……あのな」 「見てみたいな~」 「お前、怖くねーのか?」 「怖いけど……、見たい」 「怖いもの見たさかよ」 「だけど、お風呂はだめなんだ」 「あのな、墨入りでも入れる銭湯ならあるが、ま、昔ながらの銭湯だからよ、ガキが行ってもつまんねーだろ」 俺みてぇな墨入りが行けるのは、モンモン御用達な古臭い銭湯だ。 「あ、そうなんだ、いえ、行きたいです」 「いーのか?」 「はい、かまいません」 「おい田西、銭湯だとよ」 「はい、羅生門っすね、じゃ、そっちに向かいます」 「やった、うわー、楽しみ」 裕之はバカみたいに喜んでるが、最近のガキはこんな感じなのか? それとも、裕之が変わってるのか……。 兎に角、最近はめっきり足が遠のいているが、昔はよく通ってた羅生門へ行く事になった。 羅生門はマジで古臭い銭湯だ。 番台には婆さんが座ってる。 田西が金を払って中に入った。 「うっわー、レトロ」 裕之は広間を見回して言った。 「だから言ったじゃねーか、古くせぇんだよ」 「いいえ、いいです、凄い珍しい」 嫌がるかと思ったら、逆だったらしい。 ま、だったらいいんだが。 「裕之、スリッパに履きかえろ」 「あ、スリッパなんですね、へえ」 スリッパに履きかえる事すら珍しいようだが……。 でー、次はロッカーだ。 「兄貴、これタオルっす」 田西が番台でバスタオルとフェイスタオルを貰ってきたが……裕之は広間でマッサージチェアを弄っている。 「おお、こら裕之、こっちに来な」 「はい、すみません」 呼んだら慌てて走ってやってきた。 「ロッカーで服を脱ぐんだ」 「あ、はい」 裕之はキョロキョロしっぱなしだが、現代っ子には珍百景らしい。 ロッカーに着いたら服を脱いでいった。 スーツを脱いでネクタイを外し、下も全部脱いでいったが、裕之の手前もある。 一応腰にタオルを巻いた方がいいだろう。 俺は田西には特に注意はしなかったが、田西も腰にタオルを巻いた。 「っとー、よいしょっと、へへっ、できた、お揃い……」 裕之は俺らの真似をして腰にタオルを巻き、得意げな顔で俺の方へ向いたが、急にフリーズして固まった。 刺青を間近に見ちまって、びびったんだろう。 「へっ、やっぱり怖ぇか?」 墨は胸割りで背中には鯉が描かれている。 「あ……、す、凄い……迫力ある」 裕之は目を丸くして墨をじっと見つめた。 「兄貴、行きますか」 田西が促してきた。 「おお、裕之、こっちだ、ロッカーの鍵は手首にはめて持ってな」 「はい……」 裕之に声をかけると、神妙な面をして頷いた。 墨にビビるなんざ、やっぱり普通のガキだ。 俺は妙な安心感を覚えながら、俺らが先に立って浴場に向かった。 「うっわー、背中は鯉だ」 すると、裕之が俺の後ろで声を張り上げる。 「へへっ、しょうべんちびりそうだろ」 もっとびびりゃいい。 「あの、物凄く綺麗です」 「えっ」 ありゃ? ビビってんじゃねぇのか? 「俺、感動しました、本物の刺青を生で見られるなんて……」 どうやら、感動しているようだ。 「そうか、いやまあー、褒められるのは悪い気はしねぇ」 拍子抜けしたが、刺青を褒められるのは嬉しい。 「はい! 葛西さん、やっぱり凄いです」 裕之は俺を見上げて興奮気味に言った。 「ははっ、兄貴、背中でも流して貰ったらどうっすか?」 田西はそんな裕之を見て笑顔で言ってくる。 「ああ、そりゃまあー」 「はい! やります! 背中流します!」 裕之は背中を流したいらしく、やたら張り切っている。 やっぱり変なガキだと思ったが、こういうとこが……可愛いかったりする。 浴場に入ると、洗い場に数人墨入りの奴らがいたが、どっかの下っ端らしく、俺らを見て頭をさげてきた。 そいつらは墨と言ってもタトゥーだ。 俺達はそいつらから離れた所で体を洗う事にしたが、椅子に座ったら背後に裕之がやってきた。 「背中、洗います」 「おう……」 洗ってくれるというなら、任せよう。 裕之はタオルにボディソープをつけて、俺の背中をゴシゴシ洗い始めた。 「すげー、マジですげー、俺、直接触ってるし……」 小声でブツブツ呟いてるが、感動しながら洗ってるようだ。 「ははっ、よっぽど珍しいんだな、な、裕之、兄貴が終わったら俺もやってくれるか?」 田西は自分もやって欲しいらしい。 「はい、勿論です」 裕之は嬉々として返事を返す。 ま、たまにはこういうのもいい。 俺は下っ端の時に兄貴の背中を流したが、裕之は弟分じゃなく弟だ。 そう思ったら、自分でも笑える位……まったりとした気分になれる。 「おおっ! お前ら、こんなとこでなにしてる」 だが、突然後ろから嫌ーな声がした。 「なんだ、お前も来たのか」 振り向けば、厳ついガタイをした刈谷が立っている。 「おお、たまにゃ入りてぇと思ってな、つーか裕之まで同伴して、この野郎、こんなとこで楽しみやがって」 刈谷はまた勝手な妄想をしているようだが、こいつの頭にはそれしかねーらしい。 「ただ風呂に入ってるだけだ」 「嘘つけ、田西まで一緒じゃねーの、お前ら2人して、悪い奴らだな」 くだらねー事ばっかし言うが、それよりも振り向けばナニがブラブラしている。 目障りだし、そんな汚ぇもんを裕之に見せちゃ駄目だ。 「お前な、腰にタオルくらい巻け」 刈谷は俺らの目の前で堂々とナニを晒してやがる。 「タオルだと? なもんいらねーよ」 ナニに自信があるんだろうが、裕之がチラチラ見ている。 「裕之、へへー、どうだ、なかなか立派だろ?」 刈谷は自慢げに言って裕之に見せつける。 「やめねーか、そんなもんを青少年に見せつけるな、百害あって一利なしだ、立派なのはわかった、はやいとこ洗うなりなんなりしろ」 奴のナニは歪な形状をしているが、シリコンを入れてるからだ。 だから裕之は珍しげに見てるんだろうが、ガキにそんなもんを見せて自慢するって事は、ガチの変態だと改めてよーくわかった。 「んだよ、俺のナニは害をもたらすのか?」 「ああ、危険物だ」 ナニをひっくるめて、刈谷は要注意人物だ。 「わかったよ、じゃ、体でも洗うとするか」 ようやく向こうへ行った……と思ったら、蛇口2つ分あけたわりと近い所に座りやがった。 体を洗いながら裕之の方をチラチラ見ている。 はやいとこ湯に浸かった方がよさそうだ。 「裕之、俺はもういい、田西の背中を洗ってやりな」 「はい」 裕之に言ったら、田西の方へ行って背中をゴシゴシし始めた。 「いいなー、マジで可愛らしいガキだ」 刈谷は羨んでいるが、頭ん中じゃ絶対よからぬ事を考えてるに違いねぇ。 「なあ裕之、お前の同級生で誰か紹介しろ、女じゃねー男の子だ」 思った通り、馬鹿な事を裕之に言ってきた。 「あ、っと……」 裕之は困っている。 「おい刈谷、そういうのは無しだ」 身を乗り出して注意した。 「いいじゃねーかよ、ちょっとくらい」 ったく、しつけー奴だ。 「あのー、いる事はいますが……」 もう一回叱ってやろうと思ったら、裕之が思わぬ事を言いだした。 「おー、いるのか、どんなガキだ? お前みてぇな感じか?」 「いいえ、太ってます」 「太ってる? うーん、ちょっと位ぽっちゃりしてるのも悪くねーか」 「おい、よせって……」 本当に紹介したら厄介だ。 奴は俺らと違ってガキを平気で抱く。 「体重100キロありますが……」 マズい事になったと思っていたら、裕之がボソッと言った。 「ぷっ!」 思わず噴いた。 「100キロー? そりゃ将来相撲取りじゃねーか、さすがに厳しいな、他にはいねぇのか、もうちょいましなガキだ」 「すみません、ヤクザ屋さんが好きって言うのは、その子くらいしか……」 「そうか、じゃあよ、誰かいたら、そこの2人に伝えてくれ」 「はい、わかりました」 100キロのお陰でひとまず諦めたようだが、刈谷の奴、油断も隙もねぇ。 ちょうど田西が洗い終わった。 「裕之、もういい、湯に浸かろう、その前にこっちに来な」 「はい」 俺はシャワーでざっと体を流し、湯に浸かる前に裕之を洗ってやる事にした。 「ほら、お前も洗ってやる」 「はい、えへへっ」 手にボディソープをつけて背中を擦ってやったら、裕之は笑顔を見せて喜んでいる。 「くそー、イチャイチャしやがって」 刈谷がぶつくさ言ったが、無視してざっと体を擦っていった。 ほぼ洗い終わったら、裕之はあとは自分でやると言ったので、シャワーヘッドを渡した。 裕之が流し終わるのを待って3人で湯に浸かった。 「気持ちいー、壁に絵が描いてある」 裕之は気持ちよさそうに深呼吸をすると、壁のタイル画を眺めている。 描かれているのは赤富士山だ。 富士山に浮世絵風の街道、ちょんまげを結った人々がお伊勢参りに行く様子が描かれている。 「珍しいだろ?」 「はい、こういう銭湯って、ネットで見た事ありますが、来たのは初めてです」 「そうか、じゃあ、いい体験になったな」 「はい」 「ははっ、いまどきの子供には逆に新鮮なんすね」 田西が言ったが、確かにそうだ。 俺らからすりゃ古くせぇ物も、裕之から見れば目新しい。 古い物を捨てるだけが能じゃねー。 見方を変えりゃ、ただ古臭いって思ってた物にも、良さがある事に気づいた。 裕之を連れて来て良かった……。
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