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伯爵の言葉に目を丸くさせ、驚いたように瞬かせたベロニカは、
「ふふ、やはり伯爵は変わっていますね」
そう言って笑うと、
「私はただの平民なのですから、これからは"姫"でも"様付け"でもなく、毎日ベロニカって呼んでくださいね」
もう王家から慰謝料請求される心配はないのですから、ととても嬉しそうな顔をして伯爵に抱きついた。
「まぁ、身分に関してはすぐ変わるけど」
と言って伯爵は紙を一枚ベロニカに差し出す。
「何ですか、コレ?」
「専属暗殺者、は契約満了しちゃいましたから」
新しい契約書ですと差し出されたそれにベロニカは視線を落とす。
それは記載済みの婚姻届だった。
「で、本当に嫁に来ます?」
うち、借金まみれの貧乏伯爵家ですけどと伯爵が尋ねる。
婚姻届を持ったまま、ベロニカは硬直する。
「伯爵」
「はい、なんでしょう?」
「大事な事なので確認させてください。私がこれに記入したら、伯爵はこれをどうする気ですか?」
「どう、って役所に出しますけど」
他に使い道ないでしょう? と首を傾げる伯爵に、
「私まだ伯爵のご家族にご挨拶すらしてませんよ!?」
ベロニカが珍しく待ったをかけた。
「"結婚しました"でいいかな、と」
今、母は領地にいて滅多に会いませんし、と事後報告で済ませようとする伯爵。
「いくら私が引きこもり姫でもそれはやったらアウトなやつってことくらいは分かりますよ!?」
なんで事後報告!? と返す気皆無の婚姻届をしっかりと握りしめたままベロニカは抗議する。
「伯爵家といっても大した家柄ではありませんし、家督は俺が継いでいるので、当主の俺がいいといえば何の問題もないと思いますけど」
未婚女性を家に連れ込むのは外聞悪いですけど、籍が入っていれば問題ないしと伯爵はしれっとそのまま流そうとする。
「いや、ありますって!!」
が、流石のベロニカもここは譲らない。
結婚の許しを得るどころかお付き合いをしていることすら言っていない。
一度だけ伯爵家に泊まった際に、伯爵の母や弟妹に会った事はあるが、その時は変装をしていたのでベロニカ的にはノーカンだ。
「貴族同士の政略結婚ではありませんから婚約式も結婚式も必要ないと思います。でも、キチンとご挨拶はさせて頂きたいのです」
伯爵の大事なご家族ですからと真っ直ぐに見てくる金色の瞳と視線が絡む事数秒。
「……俺、苦手なんだよ。そういうの」
大きくため息をついて折れたのは、伯爵の方だった。
「大丈夫です、私結構得意分野です!」
これでも元王女ですからとベロニカはドヤ顔で胸を張る。
確かに人外の何かを手懐けたり、侵入してきた暗殺者を脅して雇い上げるベロニカのコミュ力は伯爵よりはるかに高い。
「わかりました。では、お任せします」
そう言ってベロニカの荷物を片手で持った伯爵は、
「じゃあ、行こうか。ベロニカ」
もう片方の手を差し出し彼女の名前を呼ぶ。
伯爵と出会ってもうすぐ5年。
呪われ姫と後ろ指をさされる自分の事をただ一人王族として敬い、姫と呼び続けた伯爵。
敬語が取り払われ名前を呼ばれたことで、ずっと頑なに引かれていた一線がようやくなくなったのだとベロニカは実感する。
「はい!」
元気よくその手を取ったベロニカは、これから先の2人の関係を思って幸せそうに離宮から一歩を踏み出した。
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