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 血の繋がらない娘は、とても育てにくい子どもだった。  義娘は一日中、泣き叫んでいる。おかげで、私が虐待しているのではないかと噂されたが、卑屈になればさらに噂がひどくなるだけだ。私はただ黙々と娘の世話をした。  怒りも悲しみも、喜びも嬉しさも、今の私には遠い感情だ。おかげで義娘がどれだけ癇癪を起こしても粛々と受け入れられたことだけは幸いだった。前世のように気性の激しい私なら、この小さい生き物を酷く打ったに違いないのだから。  かつての私なら耐えられないような年数が過ぎ去り、義娘はすっかり大きくなった。けれど大きくなっても私は、義娘に嫌われていた。むしろ彼女が成長するごとに、さらに鬱陶しがられるようになったと言ってもいい。  やがて、義娘に恋人ができた。見目麗しい、年頃の少女なら誰でも夢中になってしまいそうな男だ。けれど、彼には良くない噂があることを私は知っていた。男を歓迎しなかった私のことを、娘は罵った。 『本当の母親でもないくせに!』 『本当の母親でも、ろくでもない男との結婚は認めないと思うわ』 『何よ、本当のお母さまなら、きっとわたしの気持ちをわかってくれるわ! 血の繋がりってそういうものよ!』  義娘は何をどうやったのか、産みの母親とやらを連れてきた。私はてっきり実の母にあたる女性は早逝していたと思っていたのだが、他に男を作って蒸発し、死んだ扱いになっていたらしい。 『わたしは、彼と本当のお母さまと一緒に暮らすのよ! だから、偽者はさっさとこの家を出て行ってちょうだい!』 『あなたの言い分はわかったわ。けれど、今のあなたにお金は渡せないの。あなたが成人になるまでは、どんなに嫌であろうとも私の保護下となるわ。それは法的にも認められていることよ。不服があるなら、裁判をしてもかまわないけれど、あなたを捨てて消息を絶っていたご母堂さまに、裁判をするお金は残っているのかしら』 『わたしは、あなたのそういうところが大嫌いなのよ!』 『それは残念だわ』  確かにとても残念だった。私はなんだかんだ言って、この義娘のことが嫌いではなかったから。生きる力にあふれた彼女を見ていると、何でもできるような気がした。前世は夫にすがり、道を誤り、今世は償いのためだけに生きている私とは違って、彼女は生を謳歌している。だからこそ、彼女の幸せのために泥をかぶってもかまわないと思えた。  お金がなくても、愛さえあれば問題ない。何より血は水よりも濃い。そう言い切った義娘は家を飛び出し、数か月も経たないうちにすっかりやつれて我が家に舞い戻ってきた。こっそり護衛をつけていたおかげで、売り飛ばされたり、怪しい金貸しと接触したりせずに済んだ。この国では、前世の故郷とは異なり、処女性に重きを置いていないことも助かった。 『どうして、あのひとたちがあんな最低な屑だったって教えてくれなかったの!』 『教えたところで、あなたは納得しなかったでしょう? 自分で体験しなければ、わからないことは多いのよ。痛い目を見て学ぶことだって大事だわ』 『お母さまは、わたしのことなんてどうでもいいのね!』 『本当にどうでもよければ、小言など言わないわ。ひとを注意するのは、案外疲れることなの』 『お母さまは、何にもわかってないのね!』 『そうね。何をどれだけ繰り返しても、親子というのが一体何なのか、私にはちっともわからないわ』 『何よ、それ。最低!』  義娘の暴言など、今に始まったものではない。それなのに胸が痛むのはどうしてなのか。贖罪だというのに、私の存在を認めてほしいだなんておこがましいにもほどがある。
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