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恋人と実の母との生活が相当に堪えたのだろう。義娘は私の言葉に、耳を傾けるようになった。私の話にも一理あるのだと思い至ったらしい。これならば、もう大丈夫だろう。根は優しい娘なのだ。
「お母さま、今まで本当にありがとう」
「こちらこそ、私を母にしてくれてありがとう」
「お母さまがわたしのお母さまで、本当によかった」
明日、結婚式を挙げる義娘のことを抱きしめながら私は安堵のため息を漏らしていた。
ああよかった。私はちゃんと母親をやれていたのか。肩の荷が下りるようだ。
「お母さまったら」
「だって本当に嬉しいのだもの」
「そんなにわたしが結婚するのが嬉しい?」
「ええ、嬉しいわ。あなたが幸せになってくれることこそが、私の願いだったのよ」
義娘への言葉に嘘はない。ずっと贖罪のために生きてきた。ようやくこれで、私の役割は終わった。この屋敷を出ていっても許されるだろう。そう思えたから。
「お相手にはできるだけ素直になりなさい。我慢してもよいことなど何もないの。感情を押し殺すことが美徳だなんて、私は思わないわ」
上流階級の常識では感情は秘するもの。それでも私は、義娘の良さを殺したくはない。せめて、夫君の前ではありのままでいてほしい。
「また、わたしのことばっかり」
「親というのは、そういうものなのよ」
「それじゃあ、願いが叶ったお母さまはどうするの?」
「そうね、あなたたちの邪魔にならないようにどこか遠くへ引っ込むわ」
さっと義娘の顔色が変わるのがわかった。心配しているのかと思い、私は慌てて説明する。
「大丈夫よ。あなたのお父さまの資産を持ち出したりなんてしないわ。再婚予定もないから、醜聞を撒き散らすこともないのよ。ただどこか田舎に引っ越すつもりというだけ」
「お母さまは、やっぱりわたしのことが嫌いなの? わたしがお母さまを試すようなことばかりしてきたから? だからわたしを捨てるの?」
「捨てるだなんてとんでもない。あなたは立派に自分の足で立てるようになったわ。私がここにいれば、あなたに迷惑をかけることがあるかもしれない。だから、出ていくのよ」
「何それ。お母さま、何か言われたの? わたし、お母さまのことを邪険にする男なんかと結婚なんてしないわよ!」
どうしたことだろうか。どうも予想外の事態になってしまったようだ。
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