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「信じてくれないかもしれないけれど、私には前世の記憶があるのよ」
困り果てた私は、意を決し義娘に話すことにした。
ただでさえ、女という性別は不利なことが多いのだ。これで正気を疑われてしまっては、憂慮すべき事態が起こったときに妄想や勘違いで片付けられかねない。だから、私は前世の記憶を語ることはなかった。
だが、娘が何か勘違いしているらしいのなら話は別だ。幸せな結婚をしてもらうためにも、懸念事項は解決せねばなるまい。ここまでくれば、万一私の気が狂ったと思われたところでどうにでもなる。
私の話を聞いていた義娘は、どんどん顔色を青くし、けれど途中から怒りが込み上げてきたらしく顔を赤くしていった。
「そんなの、お母さまはちっとも悪くないじゃない!」
「いいえ、私が悪かったのよ。いくら結婚相手が妾を囲っていても、家庭を顧みなかったとしても、罪もない子どもに八つ当たりをしてはいけなかった」
「でもそれは、その当時の旦那さんが悪いのよ。相手の女の人だって、お母さまと結婚していることを知っているなら身を引くべきだった。そうじゃないなら、わきまえた暮らしをするべきだった!」
「確かにあの時の私はそう思っていたわ。それでもやっぱり、遺された娘を虐めてはいけなかったのよ」
「じゃあ、お母さまはどうすればよかったの。冷たく当たったとしても、お母さまは妾の子どもをちゃんと育ててあげたじゃない。殺すことなく、生かしてあげたじゃない!」
「食べるもの、着るもの、住むところがあるだけでは、心は満たされない。それはあなたが一番よくわかっていることでしょう?」
実の母は行方知れず、父も早くに失い、祖父母とは疎遠。新しい母親のことを信じられず、ありとあらゆる試し行動で、どんどん周囲の人々は離れていく。もがいて、けれどどうにもできないまま水底に沈んでいく日々を思い出したのだろう。義娘が涙を浮かべた。
「でも、お母さまが可哀想すぎるわ。お母さまだけが我慢しなければいけないの? 誰にも愛されないのに、誰かを愛してあげないといけないの? そんなのお母さまが空っぽになっちゃう」
「母ならば、それくらい呑み込まなくては」
「無茶苦茶だよ!」
泣けない私の代わりに、義娘が泣いてくれている。これくらい私も自分の気持ちを誰かに訴えることができたなら、未来は変わっていたのだろうか。あの子のことを、憎まずに済んだのだろうか。心が遠いところに向かおうとしていたが、義娘に強く抱きしめられて我に返った。
「だから、お母さまはここを出ていくの? わたしのせい?」
「いいえ。あなたのお陰で、私の心は満たされたわ」
「じゃあ、どうしていなくなるの」
「私の役目が終わったからよ」
「まだ仕事があるならここにいてくれるの? わたし、子育てをちゃんとする自信がないよ。お母さまはわたしなんかのことを大切にしてくれたけど、同じことをわたしが自分の子どもにされたら、心が折れちゃうよ。嫌になって子どもを捨てちゃうかもしれない。わたしの本当のお母さまみたいに。ねえ、お母さま。お願い、わたしのことを助けて。わたしが、ちゃんとお母さまみたいな母親になれるように、このままずっとここにいて」
わんわんと義娘が泣く。零れ落ちる涙が晴れの日に降る雨粒のように綺麗で、その癖彼女の顔が迷子の幼子のように所在なさげで、私は何も言えなかった。
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