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結局私は、義娘が婿を取ったあとも屋敷に暮らしている。姑がいるなんて婿も気を遣うだろうに、婿は自分が留守がちのため、母親である私がいると安心できると言ってくれた。なんともできた婿である。
その日も婿は仕事で家を空けていた。遊びたい盛りの子どもたちがお昼寝に入ってくれたこともあり、私と義娘は一息つくことにした。お茶のおともに選ばれたのは、なぜか私の再婚話だ。
「お母さまって、再婚する予定とかないの?」
「そんなことあるわけないでしょう」
「そうかしら。訳あり子持ちの男に嫁ぎ、相手の男はあっさり早死。死後離婚したってよかったはずなのに、お母さまはなさぬ仲のわたしを必死で育ててくれたわ。白い結婚だったことはみんなが承知している。人気がないわけがないと思うのだけど?」
「急に褒め称えても、何も出ないわよ。だいたい私は、もうすっかりおばあさんなのだから」
「そんな深窓の姫君みたいな容姿で、おばあさんだなんて。それに年齢から考えても、別におかしくなんてないわよ。むしろ、この年齢で嫁いだわたしのほうがこの国では珍しいのだから」
前世の国はここから見れば、閉鎖的な外つ国。進歩的な娘からすれば、かつての価値観に縛られた私はさぞかし頭がかたく、話が通じない人間だったことだろう。今さらながらに恥じ入るばかりだ。
「お母さまは、幸せになる気はないの?」
「私は今の暮らしで十分幸せよ」
「わたし、思うのだけれど」
「なあに?」
「その娘さんって、お母さまのことを許したいって思っているのではないかしら?」
「え?」
「そう簡単に、『許す』とは言えないとは思うの。許したい気持ちと、許せない気持ちが毎日入れ代わり立ち代わりやってくるだろうし。でももしも娘さんが、今のわたしみたいに親になって、子育てをしていたら、いろいろ考えが変わることもあるんじゃないかしら。綺麗事だけで、育児はできないから」
寝顔は天使だが、起きているときは悪魔のように騒がしい子どもたちのことを考えているのだろう。義娘の表情は、なんとも甘く柔らかい。
「会いたいわけじゃない。とはいえ、不幸になって一生苦しめとは思わない。幸せになってくれてもいいけれど、自分の目の届かないどこか遠くにいてほしい。でも、自分のことは決して忘れないでいて。そういう矛盾するような気持ちって誰にでもあるわ」
「それはあなたの実母への想いと同じなのかしら?」
義娘は曖昧に微笑んだまま、答えない。
「ねえお母さま。ここは、お母さまのかつての生まれ故郷ではないわ。土地神さまとやらがいる場所にはたぶん戻れない。それが、お母さまへの罰であり赦しなのよ。だから、お母さまだって、幸せになったっていいじゃない」
「流刑で手打ちにしてくれたってこと?」
「土地神さまがどんなひとかなんて知らないけれど、愛妻家なら、奥さんの言うことには従うんじゃないの」
「確かに、ありそうな話だわ」
彼女は優しい娘だった。決別する直前まで、私を母として慕ってくれていた。そんな彼女なら、私のことを憎みきれず、土地神に口添えしてくれることもありうるような気がする。
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