4.拉致

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4.拉致

 二人の視線の先に、村の男が立っていた。草太には見知った男だった。 「秋造さん」  村の者は皆、共に働く者達だ。  住む家は別でも家は隣り合っていたり、時には隣人の家族を看病したりもする。  秋造の娘は、身体が弱く、ずっと臥せっていた。 「草太、何してんだ、こんな所で。お社さんにでも行く気か? 悪戯でもすんのか」 「ち、違うよ」  秋造の濁った眼が傍の女の子に釘付けになる。 「その子……」 「え、あ、いや」  草太は、思わず、自分の体の後ろに雨音を隠す。それを見て、秋造は確信した。 「雨乞い姫……?」 「違うよ!」 「嘘つけ! 何で隠す?!」 「なんでもないって!」  決まりを破った草太は怒られたくなく、咄嗟に誤魔化そうとするが、秋造は構わず草太の腕を掴み雨音から引き離すように放り投げた。  草太はあぜ道に尻もちをついた。痛みに顔を歪めながら弁明する。 「違うんだ! 俺が悪いんだ! 俺が雨音を無理に連れ出して」  秋造は、草太の言う事など聞いていない。目の前の、村の宝である雨乞い姫を穴が開く程見つめる。 「お前が、雨乞い姫……」  そう呟く秋造の顔を見て、雨音は言いようの無い恐怖を覚えた。  ここでは無い何処か遠くを見ている様な目。人であることを忘れた様な、感情の無い顔。  雨音の身体が震え出す。思わず後ずさりする。  草太は、秋造が、雨音をぶとうとしていると思った。 「秋蔵さん! 雨音をぶたないで!」  だが違った。  秋造は、雨音の持っている手拭いを奪うと、雨音の口に猿ぐつわをした。そして薪でも抱える様に雨音を脇に抱え、山の方に向かう。 「え?! 秋造さん?!」  草太は、慌てて立ち上がり、秋造の後を追う。 「待って! 雨音をどうするの?!」  秋造は、まるで耳が聞こえていないかのように無反応だった。黙々と山に向かっている。 「待って!」  草太が秋造にしがみついた。  秋造は、片手で草太の手を自分の腰からむしり取り、放り飛ばす。 「邪魔だ!」  草太は、またしても尻もちをついた。素早く立ち上がり追いかける。 「待って! 秋造さん!」  秋造は、足を止めず、ぶつぶつと呟く。 「雨乞い姫は周りの村でも噂になってる。雨に困ってる村にお前を売ったらきっと金になる。それでお花の薬を買うんだ。お社の山から村を出れば馬鹿騒ぎしている連中に気付かれない。待ってろ、お花っ」  
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