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5.幸福
「それで雨乞い姫はどうなったの?」
四歳になったばかりの娘の幸が訊いて来た。
幸の父は、笑顔を見せる。
「うん、雨乞い姫はね……」
「あぎゃあ! あぎゃあっ!」
赤子の泣く声が聞こえて来た。幸の母が生まれて半年の幸の妹の福を抱き上げる。
「福。よしよし、おむつ替えようね」
母はどこか嬉しそうに福の衣を開いて当て布を替える。
父が、微笑んで幸に向き直る。
「雨乞い姫は、草太と結婚して幸せに暮らしているよ」
幸が、ぱっと明るい顔をする。
「ほんと?!」
父と、顔を上げた母の目が合った。二人は微笑んだ。
あの祭りの夜、秋造に蹴られた草太の心臓は一度止まった。
だが、秋造に落ちた雷の一部が草太の心臓に衝撃を与えた。
「かはっ」
草太は息を吹き返した。
「草太……?」
雨が降りしきる中、雨音の目は、確かに草太が動いたのを見た。だが草太はまた動かなくなった。草太は息を吹き返しはしたが、まともに動ける状態では無かった。
雨が降り出した事で、村の者たちは異変に気が付いた。祭りを中断し、間も無く雨音と倒れている草太、秋造を見つける。
秋造は死んでいた。状況から見て、雷に打たれたのだろうと思った。あの時は雲も無く雷が落ちたので、皆不気味がった。中には龍神様の祟りではないかと言うもいた。
草太は雨乞い姫の屋敷に運んだ。雨音が草太の傍から離れようとしないからだった。
草太は雨音の部屋に寝かされた。呼吸は弱弱しく、身じろぎもせず眠り続けた。雨音は、今にも草太が死ぬのではないかと気が気ではなく、一睡もせず草太に張り付いた。
雨音は少しも泣いていないのに、外は雨が降り続いていた。
草太が次に目を覚ましたのはそれから二日後の昼のことだ。重々しく瞼を開いて、自分の体のすぐ右横から小さな寝息が聞こえるのに気が付いた。僅かに首を動かして見ると、睫毛に涙を溜めて寝ている雨音がいた。
雨音の徹夜は二晩が限界だった。気持ちは落ち着かないが身体はくたくたで、女たちはやむなく草太の横に雨音を寝かせた。
草太は、寝ている雨音の顔を見て、大切だ、と思った。守りたい、と思った。
草太はまだ、あまり動けなかったが、手さぐりで雨音の手を探して、きゅっと握った。
さらさらと、雨が小降りになり、それまで降り続いた雨がようやく止んだ。
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