2.雨音

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2.雨音

 納屋のように小さな小屋の前に、数人の男たちがいる。皆、そわそわしている。そこは村の女たちが出産する為の場所だ。  夜の帳がおり、暫く経っていた。ふいに、中から赤子の声が聞こえて来た。皆、顔を明るくした。   「あぎゃっあぎゃっあ」  産声を上げる赤子を産婆が抱き上げる。行燈と囲炉裏の炎に照らされて、赤子の頬が茜色に染まっている。産婆が赤子の声に負けない様に大声で言う。 「元気な女の子だね」  母親は冬の寒さの中、汗と涙にまみれ、ぜいぜいと白い息を吐いていた。綿を詰めた敷物の上に伏せたまま、悲し気に眉を寄せる。疲れ果てていて、嘆くことすら出来なかった。  産婆が母親に赤子の顔を見せながら、赤子に語り掛ける。 「べっぴんだね。母さんに似たんだ」  母親は、力無く微笑んだ。 「兎に角、生まれてよかった……」  母親は呟いて瞼を閉じた。瞼の端から涙が零れた。  産婆も同じ気持ちだった。ふと、雨音(あまおと)を聞いた気がして外の方を見た。 「おや、もう雨を降らせたのかい」  産婆は困った様に微笑んで赤子を見た。  赤子は元気よく泣き続けている。  表にいた者達は、暗い空を見上げた。顔に雨が当たっていた。 「女の子だ……」 「姫が生まれた」 「此度(こたび)の姫様も、よく愛されていなさるようだな……」  女の子は雨音(あまね)と名付けられた。  辰の年の最初に生まれた女の子だった。
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