2.雨音

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 雨音(あまね)を生んだ後、母親は産後の肥立ちが悪く、ひと月経った頃に死んでしまった。  父は、その頃から娘を避けるようになった。  雨音は、村の東端にある山際の茅葺の屋敷で村の女たちに育てられた。  屋敷の背後にある山の中には、龍神を祀り、儀式を行う為のお社があった。  遊ぶ時も寝る時も、世話役の女が付いてくれていたが、同世代の友達も兄妹も両親も傍にいない雨音は、口数の少ない、あまり笑わない、大人しい子供になった。そんな調子ではあったが、村の中では比較的恵まれた生活をしている筈の雨音は、しかし小柄な母に似たのか、身体は同じ歳の村の女の子に比べて小さかった。  雨乞い姫の屋敷に、村の男が米俵や野菜を運んで来た。どさりと土間の上り口に置いた。  男の息子の草太(そうた)が手伝いで来ていた。雨音と同年代の草太は、入り口近くで中を珍しく見ている。自分の家がすっぽり入るくらい土間が広かった。と、ジロジロ見るんじゃねえ、と父の吉助に怒られ、草太はむっとむくれた。 「じゃあここに置いて行くんで」 「ご苦労様です」  当番の女が労いの言葉をかけた。  親子が、牛を引いて帰って行く。 「雨乞い姫は何で外に出て仕事しねえんだよ」  草太が、言った。  吉助は、呆れる。 「馬鹿。雨乞い姫は村の宝だ。誰かに奪われたらどうする。雨が降らなくなったらどうする」 「え? それは……」  草太は困惑して屋敷を振り返る。屋敷はその存在を隠すように周りに植えられた木々によって遮られ半分くらいしか姿が見えなかった。    ずっと閉じ込められてんのか。  かわいそうだな、と、草太は思った。そして、はっと企みを思いつき、にかっとほくそ笑んだ。  
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