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間もなく、雨音が生まれて六回目の乾季が訪れるという頃だった。
草太は、隙をみて雨乞い姫の屋敷に近づいた。雨音の部屋の雨戸に取りつこうとしたが、背が足りず、辺りを見回す。目隠しの木々の脇に大きめの石を見つけて踏み台にしようと運んだ。
背伸びをして小さな横開きの雨戸の隙間から中を見る。板張りの部屋の中に藍色の衣を着た女の子が見えた。他には誰もいなかった。
草太は、ぱっと顔を明るくした。
「雨音!」
中にいた雨音が、びくっとして反射的に振り返った。顔が石のように固かった。
「……誰?」
雨音の声は怯えていた。だが草太は気にせず、笑顔を見せる。
「俺、草太だ!」
「そ、う……た?」
「そうだよ! 雨音、こっちこいよ」
「え、い、いや」
「え~?!」
草太は、ドジョウのように体をくねらせて嘆くが、へこたれない。
「来いよ。一緒に遊ぼう!」
「え」
「外で!」
雨音が、視線を泳がせ、身体をもぞもぞとさせた。先程までの固い顔がコンニャクくらいには柔らかくなった。
草太が、にんまりとする。
「出たいんだろ?」
「え……う……」
雨音は、希望を胸に秘めながら俯いた。外に出ると怒られるので、うんと言えなかった。
「雨音」
草太が諦めず、呼びかけたその時。
「雨音様」
と、女の声が聞こえた。
雨音は、びくりと顔をあげると素早く雨戸に近寄る。近づいて来た雨音を見て喜んで口を開いた草太の顔を見もせずに腕を伸ばし勢いよく雨戸を閉めた。
草太は、「あ」の口のまま固まった。想像を超えた雨音の素早さに、開いた口が塞がらない。だがそれ以上に、温かい夢から急に覚めた様な、寝ざめに冷や水を浴びせられたような、とても悲しい気持ちだった。
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