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「ねえ、森緒くん。お母さんの妊娠検査薬の話なんだけどね。コウノトリさんが少し昔の愛に対して、遅れて評価をするってことはないのかな」
やっぱり彼女の頭の中の妊娠検査薬は、コウノトリの予報装置でしかないようだ。
「ない」
「でも、コウノトリさんだって、ほら全能ではないでしょ。前のことを忘れていて、は! そうだった、あの評価をしなきゃって思うかもしれない」
微妙に妊娠検査薬の役割にニアミスしてくるところが、笹野さんなんだよな。
でもメルヘン笹野さんには悪いけど、そろそろ真実を伝える必要があるのかもしれない。
「笹野さん、コウノトリは子どもを運んでこないんだよ」
「……もしかして、コウノトリさんたち、もう人間の子ども運ぶの疲れちゃって、ストでもしている?」
違う。そういうことじゃないんだ。
「コウノトリの話は迷信なんだよ」
「え、迷信って……」
笹野さんは、ショックを受けているようだ。瞬きの早さが尋常じゃなく早くなっている。よくそんなに早く瞬きができるものだ。
「とにかく事実とは違うんだよ。植物の受粉って、理科で習ったよね」
「習った。私ね、おしべとめしべってちょっとエロティックな見た目だなと思うの」
恥じらうような言い方を笹野さんはした。
本質的な部分で理解しているんじゃないのかと疑問に思ったけど、彼女は毒植物にトキメキを感じる人だから、普通を求めても無駄だ。
「そんなふうに植物を見たことがなかったけど、これから見る目が変わりそうだよ。保健体育の授業で、男女の性の違いとか習わなかった?」
「ちょうど休んじゃった」
「なるほど……。じゃあ驚かせたら悪いけど、僕が説明するよ。哺乳類は雄と雌が交尾しないと子どもはできないんだ。交尾ってわかる?」
「尾っぽが交わる」
「いや、漢字の説明じゃなくてさ」
クイズが外れた時のように、残念そうな顔を彼女はした。
「雄と雌が生殖器を交わらせて、且つ精子と卵子が受精しないと子どもはできないんだよ」
笹野さんは、テスト問題でも前に置かれた時のように、難しい顔をして僕を見ている。
「ねえ、森緒くん。こんなこと森緒くんにしか訊けないんだけど、その生殖器ってどこのこと?」
笹野さんは、僕の耳に近づいてこっそり訊いた。
「それを教えるためには、ふたりで服を脱いで見せあうしかないと思うんだけどやる? さすがにここでは無理だから、僕の家に行くしかないと思うけど。僕はいいよ。笹野さんとなら」
瞬時に笹野さんは能面になってしまった。
「だよね。とにかくそのくらいの関係にならないと、子どもはできないんだよ」
「じゃあ、つまり森緒くんのお母さんは、生殖器を交わらせて受精しちゃったかもしれないってこと?」
「まあ、そうなるね」
笹野さんは、いまいち理解しきれないのか、首を捻っている。
「コウノトリさんは、いつも何をしているの」
「それは僕には……」
「もしかして、森緒くんの言った生殖器の話の方が迷信ってことはないのかな。ほら、世の中って陰謀に満ちているし」
真顔で言うのが、笹野さんの面白いところだよな。
「じゃあ、迷信を試してみようよ」
「私、迷信でもなんでも、リスクは取らないって決めているの。リスクは常に与える側でいたいから」
「あ、そう」
コウノトリの真実にたどり着くまでには、長い年月がかかりそうだと僕は思った。
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