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来た道を戻っていくと、加瀬木山の中腹でグレーの乗用車とすれ違った。
「この辺で見つかったんだな。今の警察だよ」
翔太が言うと、後部座席の窓から時生と倫子は外を見た。
「僕、青山さんのお父さんに会いました」
時生が言って、倫子は目を丸くした。翔太もルームミラーで後ろをちらりと見た。倫子の父親が警察官だというのは時生に聞いていた。
「え、いつ?」
「えっと…火曜日。鹿の角、見ていきました」
「時生君が容疑者ってこと?」
「いや……どうだろ。いろんな人に話を聞いてる感じだったけどな。逮捕されるのかなってドキドキした。逮捕されなかったけど」
「お父さん、何も言ってなかったな」
「僕も言ってないんで。家庭教師してもらってますとか。言ったら禁止されそうで」
「それはないけど。時生君、殺された人と知り合いだった?」
そこで時生がヘラっと笑って、翔太は眉を上げた。
「倫子さん、やっぱりお父さんと似てる。お父さんが来た時もね、喋り方とか似てるなぁと思って笑ってしまった」
「時生君、事件とは関係ないんですよね?」
倫子は真剣に聞く。
「関係ないですよ。僕、加瀬木山の中に入ったのも久々だし」
「良かったです」
「鹿の角を立てるってのは、わからないでもないですけどね。格好いいし。弔うために立てたんだったら、あり得る」
「サイコパスの仕業だってのが、ネットでも主流だけどな。あれは儀式で、弔いでも何でもない。手続きだって」
翔太が口を挟むと、時生は「そうなんですか?」と倫子に聞いた。
「という見方が主流です。警察でどういう話になってるかは父も言わないので知りませんけど、同じような事件があるかもしれないって。この山じゃないかもしれなくて、全国的にそういうことが起こってないか、問い合わせてるみたい」
「まだ見つかってない感じ?」
翔太が聞くと、倫子は神妙にうなずいた。
「たぶん。見つかったらすぐにSNSに流れそうですよね」
「確かに今はそうだな」
翔太は肩をすくめた。ニュース配信側が事実確認しているうちに、どんどんSNSに情報が流れてしまうことはよくある。だから冤罪も人違いも起こってしまう。
「ああ、だからサトルがメッセージしてきたのか」
時生がのんびりした口調で言った。
「おまえ、事情聴取受けたのかって昨日、メッセージきて。なんで知ってんだって思ったけど、警察の人が店に来たから、誰か見てたのかもな。別に隠してなかったし」
「お店、大丈夫かな」
倫子が少し心配して言った。
「大丈夫だよ。近所の工場のおじさんとかは、僕が鹿とぶつかったの知ってるから、鹿つながりで何か聞かれたのかって笑ってた。警察も単純だなって……あ、ごめん」
時生は倫子を見て言い、倫子は首を傾げた。
「いや、倫子さんのお父さんが単純って意味じゃなくて、警察も大変だなって意味で」
フォローする時生は一生懸命だったが、聞いている倫子は何を謝られているのかよくわかっていないようだった。
「お二人さん、この後、どうする? 真木家で解散するのか、青山さんの家まで送るか」
翔太が言うと、倫子がすかさず「時生君の家で大丈夫です」と言った。
翔太はルームミラーで時生をちらりと見た。
時生は倫子の素早い解答に気圧されていたが、唾を飲んでから勇気を出して言った。
「時間が大丈夫なら、いい店があるので、休憩していきませんか? ロールケーキがおいしいんです」
時生が言うと、倫子はぱっと目を輝かせた。
「時間は大丈夫です」
翔太は背中がむずっとして体を捻った。良かったな、時生。
「じゃ、じゃぁ、翔太さん」
弾んだ声に、翔太はうなずく。
「ぐるくまドルチェな」
「はい!」
時生は笑顔で言った。
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