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 幌戸は人口50万人ほどの地方都市だが、それでも1日当たり、10件ぐらいの認知件数はある。殺人事件も年間数件あって、獣害としての死者も毎年それぐらい出てしまう。  でもこれは。  青山康平は首を捻って空を仰いだ。  山に鴨猟に入った猟師が見つけたのは、雪の中に突き刺さった鹿の角だった。少しこんもりと土が固められており、その上にぐさりと刺さった角が片方。  その角の先には赤い色がついていて、猟師はその儀式めいた奇妙なものを撮影して、それから地元に戻ってきてから知人に相談した。通報したほうがいいだろうかと。  だから発見から3日が過ぎての捜査開始となった。  土の山に鹿の角を差したところで罪にはならない。  その鹿の角に赤い血のようなものが多少ついていても、野生動物だからそういうこともあるだろう。  でも、おそらく鹿は殺した人間を埋めて、角を墓標代わりに差したりはしない。  土の中から出てきたのは、全裸の男性の遺体だった。  手足は縮めて、背を丸く、体をできるだけ小さくした姿だった。死因は絞殺で、他に目立った傷はなかった。  遺体が運ばれていき、周辺が調べられたが、今のところ不自然な残留物はなかった。穴を掘ったスコップも、足跡も。  足跡は元から期待していない。何しろ連日、雪交じりの雨が降っていて、発見からも日が過ぎている。場所柄、そう人が多く通るところでもないが、墓標ができてからも何日か過ぎていてる可能性は高く、足跡がくっきり残るような土質でもない。  ただ、少なくとも角がそう汚れても倒れてもいなかったことから、一ヶ月も前ではないだろうということがわかっただけだ。そして解剖の結果、被害者は亡くなって2週間ほどだということがわかった。  目撃者を探そうにも、明確にいつのことかわからないので難航し、捜査本部が立った幌戸警察も大きく人員を割いたが、なかなか手がかりが見つけられずにいた。 「やっぱり、こんなところ、誰も通りかかりませんよねぇ」  後輩の橋本が言い、青山はうなった。2人は猟師に誤射されないように蛍光イエローのベストを羽織っていた。狩猟解禁時期の山には、そういう危険もある。遺体が発見されてから、この森での狩猟は禁じられているが、弾っていうのはどこから飛んでくるかわからない。 「でも、この犯人は、見てほしかったんだよな」  青山は首を捻った。でないと、墓標の意味がわからない。  捜査本部での理解も同じだ。この犯人は、自己顕示欲から鹿の角を立てた。だから事件が明るみに出て喜んでいるはずだ。 「こんなとこじゃ、いつ見つかるかもわからないのに」 「ですよね。雪が積もれば角は見えないし、雪が溶けたら角も倒れちゃってわからなくなるだろうし」  橋本もうなずく。 「それでも良かったのか、積雪前に見つかる確信があったのか……」 「鴨猟のポイントだからですか……? ポイントとしてはメジャーではなかったみたいですよ。もっと上の方が有名だそうです」  だよなぁ。  青山はへの字口で辺りを見た。木々で暗くなった深い森だ。多少の起伏があるので、そう開けた場所ではない。倒木もたまにあって、地面は凸凹している。全体に暗く、木々も手入れされていないので鬱蒼としており、こんなとこ、よく見つかったなという感覚だ。  被害者は年金で一人暮らしの70代男性だった。朝夕は小学生の登下校時間に合わせて、交差点で自主的に見守りをするような人だった。多少口うるさいところがあったが、だからといって子どもを怒鳴りつけるでもなく、それなりに近所でも「いい人」と見られているようだった。  それでも多少はトラブルもあったようで、借金をしていた甥や、ゴミの扱いで文句を言われていた隣人が事情を聞かれている。とはいえ、殺人に至るような動機は見つかっていない。  一人暮らしで同居家族はなく、行方不明の届けもまだ出されていなかった。知人は連絡が取れないことは気になっていたものの、通報するほどではないだろうと思っていた。  子どもの見守り仲間からも、死亡推定時期と同じ頃から姿を見せなくなったという証言が得られた。 「毎日、ここで張ってても、目撃者は現れないだろうしなぁ」  青山は少し辺りを歩いてみた。が、動物の痕跡ぐらいしかない。 「目撃者探しなんて、無茶な話ですよねぇ」  橋本が仕方なく付いて来ながら言った。 「どこから運んで来たんだろうな……人間運ぶって、けっこう重労働だしな。穴掘って、今、そこらに鹿の角が落ちてるわけじゃないから、持ってきてさ。けっこうちゃんとしてる奴だよな」  雑木の間を通り抜け、青山は息を吐いた。ザクザクと落ち葉と土を踏みしめる音がする。 「上も儀式的だって言ってましたね」 「てことは、だ」 「はい」 「これが初めてなら、次があるし、これが初めてじゃないなら、前がある」 「ホント、勘弁してくださいですよねぇ」  橋本がため息をついた。 「本当にな」  青山は、橋本を振り返った。 「人がいるところに戻るか」 「はい!」  橋本は嬉しそうに言った。
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