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時生は青山の娘が角を見に来たことがあるとは一言も言わなかった。青山が言い出さなかったからなのか、彼が言いたくなかったからなのか、2人ともわかっている前提で言わなかったのかはわからない。
壁から生えたように飾ってある角を見て、青山もこれはすごいなと思った。思っていたより角は立派で大きいものだった。娘がちょっと興奮していたのもわからなくはない。そして、今回の事故現場に残されたものは、もっと小さいものだった。
「角はこれだけですか?」
橋本が聞くと、時生は軽く笑った。
「事故が1回だけなので」
橋本が聞き返そうとしたのを、青山は別の質問で制した。
「これは、スポーツ用ですか?」
壁際にあったゴツいタイヤの車椅子を見て、青山は言った。
時生はちらりと一瞬橋本を見たが、すぐに青山に体ごと向けた。
「オフロード用の車椅子です。今は雪用のタイヤをつけてます」
「オフロード」
青山は目を丸くした。
それを見て時生がかすかに笑った。
「僕、オフロードバイクで走ってて事故に遭ったんです。元々、山道走るのが好きで。車椅子になって、そういうの無理だと思ってたんですけど、こういうのがあって」
「へぇ、すごいですね」
青山は本心から感嘆した。
「山を登れるんですか?」
橋本が聞く。
「ある程度整備されてるところなら、です。まず幅がないと行けないですし、スピードが出ないのでグリップもそんなに強くないので」
「ああ、そうですよね。幅は必要ですね」
「それが前提になります」
「スポーツとしてあるんですか? その、レースとか」
青山は単純に好奇心で聞いた。
「少ないけど、あるみたいです。僕はまだ初心者なので、そこまで走れませんけど」
「へぇ。面白いですね」
「僕、スケートボードみたいに、ハーフパイプで回転するのとかだと面白いなって思うんですけどね。ショー要素もあるし。そういうパラ競技があったら目指してたな」
「ああ……それは見ごたえがありそうです」
「1回でも事故が起きたら中止になりそうですけどね。スケボーで事故っても不幸で終わるのにね。僕らは2回目の事故は禁じられてるんです」
時生が言って、青山はじっと彼の横顔を見た。
すると彼は視線を感じたのか、青山を見た。
「すみません、ちょっと悔しくて。今のは忘れてください」
バツが悪そうに言って、時生はオフロード車椅子から目を反らした。
「いえ、頭の奥に刻んでおきます。今日は、ありがとうございました。何か思い出されたり、心当たりがありましたら、幌戸警察までご連絡いただけると助かります」
青山が言うと、部屋の入口付近で待っていた真木夫妻も頭を下げた。
青山は、時生がハーフパイプで飛びたいと言った時に、母親が目を剥いたのを見ていた。時生はそれも自覚していて、あえて発言したのだろう。
真木家を出て、車に戻ってから橋本が小さく息をついた。
「長男、けっこう挑戦的でしたね」
そう言ってきたので、青山は笑った。
「いや、あれは普通に緊張だな。たまに入るのは怒りで」
「でもオフロード車椅子はやばいっすね。あれだったら現場にも行けちゃいますよ」
「協力者がいないと、殺害して服を脱がして小さくまとめて運んで埋めるのは無理だろ」
「協力者か……親とか?」
「そうだなぁ……他に誰も浮かばなければ調べてみるか。可能性としては低いな。部屋もサイコパスっぽくなかった」
「サイコパスっぽいって何ですか?」
橋本が聞いて、青山は少し考えた。青山だって本当にサイコパスと診断された人を見たことがあるわけではない。
「何だろうな」
「わかんないんじゃないですか」
橋本が笑って、青山も苦笑いした。
「もっと違和感がある気がするんだよ」
「俺は違和感、ありまくりでしたよ。なんか外国語の本もいっぱいあったし、鹿の角、飾ってるのだって変ですよ。あと、部屋の奥のクローゼットみたいなところは開けさせてくれなかったし」
「ああ、あれね。ご両親に聞いたら、昔の荷物が入ってるって」
「聞いたんですか?」
橋本は驚いた顔で青山を見た。
「うん、君が時生君の気を引いてくれてたから、こそっとご両親に」
「うわ、ズルいっすね」
「技術と言ってくれ」
青山は駐車場から車を出した。店の入口で、真木夫妻が見送ってくれていたからだ。手早く出ていかないと、いつまでも見守られてしまう。
「オフロードバイクをやってたって言ってたろ。その服とかヘルメットが入ってるそうだ。今は見たくないんだろう。普通の反応だよ」
「もしかしたら、鹿の角が山ほどあったかもですよ」
「まぁな、もっと固めて令状が取れたら見ればいい。それがルールだろ」
青山が言うと、橋本は「ういっす」と答えた。
それにしても。
青山は悩んでいた。娘に、あの長男に近づくなと言うべきか。それとも黙って様子を伺うべきか。どっちにしろ、バレたら娘に嫌われるだろうなと青山は息をついた。
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