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幌戸大学の学祭になんて来るつもりはなかった。まだ受験資格もないわけだし、たぶん今の学力ではなかなか難しいレベルの公立大学だし、幼馴染の小牟礼覚が無料でうまいランチが食えるからとほとんど強引に連れ出したので、仕方なく時生はキラキラした大学生たちを眺めながら、自分には遠い世界の出来事だと思っていた。
9月の東京はまだ暑いと姉が言っていたが、北国の幌戸は既に紅葉が進んでいた。
車椅子で移動していると、学生たちは優しいが、スポーツ系のサークルのチラシを配る学生に限っては、時生をスルーすることが多い。
サトルが言う「うまいランチ」は確かにボリュームもあって美味かった。イチオシのホロトランチは日替わりで、今日はホッケのフライと、ポークステーキ、山盛りキャベツの千切りに、丸いポテトサラダ、それに具だくさんの豚汁という内容で、何が美味いって、ついているタルタルソースやステーキソース、それから選べるドレッシングが美味かった。
時生は来月の「ホタテフェア」というのも魅力的だなと思いながら、ランチにだけ来るってのもアリなのかなと、ぼんやり思った。
サトルは担々麺を食べた後、少し離れたところで友人に声をかけられて話し込んでいる。
他に知り合いもいない時生は、手持ち無沙汰でぼうっと食堂の窓から外を眺めていた。
外の音はかすかに聞こえるものの、細かい声は聞こえないので、窓が境界となって違う世界のように思えた。カラフルな装飾や、親子連れ、高校生らしき学生たち、それからたくさんの大学生が、笑ったり飛んだり走ったりしている。
うさぎの着ぐるみが風船を配っていて、隣で長い風船を剣や犬、花の形にしてくれるピエロもいる。子どもがわんさか集まって跳ねている。
そして自分の後ろもまた違う世界だ。学生やその友人たちが笑ったり大きな声を出したりして、賑やかな食堂風景が広がっている。アクティブな空気感は何となく苦手で、時生は自分だけ見えなくなるカプセルに入ったような気分だった。
このまま悟りでも開いちゃえるかなと思っていたが、後ろの席から聞こえてきたキラキラ女子の声がして、時生はラジオを聞くみたいにふわりと聞いた。
「いや、うちの店は安いし、すごく美味しい」
カフェか何かかなと思った。女子たちが楽しそうに集うカフェ。そんなところ、時生はきっとこの先、一生行くことはないだろう。
「あぁ、確かにね。おしゃれだしね」
「苦手な人でも食べやすいって、ほらレビューも高いでしょ」
「ほんとだー、マツ君誘って行ってみようかな」
「来て来て、サービスする」
「デザートもあるよ」
「え、血のゼリーとかじゃなくて?」
「そんなのあるわけないでしょぉー」
あはははと楽しげな声が盛り上がって、時生はサトルが友人と別れて戻って来るのを見た。少しホッとする。
「鹿肉はクセもないし、脂身も少ないからダイエットにもいいんだよ。おすすめはね、鹿肉ステーキ丼かな」
時生はその言葉に、思わず軽く振り返ってしまった。
で、笑っていた女子3人と目が合って、3人がフリーズした。
「ごめん、待たせて」
サトルがやってきて、時生は彼を見た。
「あ、小牟礼君の友だち?」
後ろの女子学生の1人がくだけた声で言った。
「うん、何、時生、ナンパでもしてた? 意外とやるなぁ」
サトルが笑ってからかうように言い、時生は慌てて首を振った。
「いや、ちょっと話が聞こえてしまって」
「何、何? 何の話? 恋バナ?」
サトルが女子3人のテーブルに椅子を持ってきて座り、時生の車椅子もぐいっと方向を変えた。
「美味い鹿肉丼の店の話」
時生が言うと、女子たちは「そうそう」と笑い出し、サトルは目をまんまるにして時生を見た。
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