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*  車椅子での本格的な山道は初めてだったので、車椅子の操作に戸惑う箇所はいくつもあったが、何とか2人の助けもあって、難関を乗り越えた。そうやっているうちにコツも掴み始め、時生は汗だくになりながらも現場近くまでの道を進むことができた。  15分ほど進んだ後で、車椅子は道の脇に置いた。そこから先は狭くなっているからだ。  誰も来ない道だが、翔太はU字ロックを車椅子にかけ、それから時生を背負った。  ストックを椅子代わりにして座る形なので、時生も背負われるのが楽だった。 「なんか、子どものときみたい」  時生が喜ぶと、翔太は「子どもだからなぁ」と笑った。  20歳だし。  それを見て倫子が「兄弟みたいですね」と微笑んだ。 「この先で合ってる?」  翔太が聞いて、時生はうなずいて指さした。 「うん、向こうの道」 「道? 道なんかないが?」 「あるよ、そこ」 「この木の間?」 「そう。そこを抜けたら、下に細い川があるから、それに沿った感じで道があって……」  翔太が時生の指示通り進み、倫子も後について行った。  今朝の新しい雪がうっすらと積もっているので、地表は柔らかめの感触だった。サクサク進むのは心地よく、倫子は野生動物の気配がないか、キョロキョロしながら歩いた。 「その先。ちょっと坂になってるでしょ。そこでひょいと飛んだんだよ。その先も平坦なの知ってたから」 「さては常習犯か」  翔太が言って、時生は否定した。 「2回目。1回目は夏に自転車で来たことがあっただけ」 「ヤンチャな子どもだな。こんなとこ、自転車で来るのも危ないだろ」 「うるさいな。さっさと坂を上って」 「はいはい」  翔太はゆっくり坂を上がった。時生は翔太に背負われた視界は、バイクに乗って飛んだときに似てるなと思った。翔太の背が高いからだろう。 「そう、ここ」 「よし」  翔太は倫子を振り返った。  倫子はうなずいて、辺りの写真や動画を撮った。 「倒れてたのは、この下ですか?」  倫子に聞かれ、時生は坂の下を見た。 「うん、たぶん」 「鹿はどちらから?」 「左前。感覚的には上から突然現れた」  時生が言うと、翔太と倫子も斜め上を見た。  左側は崖になっていた。張り出したようなものではなく、急ではあるが斜めになった高さ4−5メートルほど、住宅の2階ぐらいの高さの崖だ。 「あそこから飛んできたのかな」  時生が言うと、倫子は首を傾げた。 「飛ぶ……かなぁ。落ちた……でもないか。飛ぶことも可能だとは思いますが、高さがあるし、バイクの音があったら避けそうな気がします」 「耳の悪い鹿だったとか」 「時生みたいに、怖いもの知らずだったとか」  翔太が余計なことを言って、時生は翔太の頬を引っ張った。 「イテテ。置いていくぞ、こら」  2人を無視して、倫子は辺りを検証しまくっていた。 「大きな鹿だったということは、長い間生き残ってきた鹿ということです。何かに追われていて、飛び出したのなら考えられますけど、人だったら鹿を追って時生君に気づいてくれそうだし、クマとかだったら、少なくとも鹿は食べられてただろうし……何月でした?」 「年末。12月末」  時生が答えると、倫子は刑事みたいにうなずいた。 「クマは冬眠してますね……」 「倒木の音とかに驚いたとか」 「ベテランの鹿は、自然の音とバイクの音なら、バイクの音の方を警戒すると思います」 「特別な鹿かな」 「そうみたいです」 「死んじゃって残念です」 「本当に。謎を解きたかったです。それがヒントになったかもしれないのに」  倫子は残念そうに言った。 「時生、誰に見つけてもらったわけ? こんなとこ、誰も通らないよな?」  翔太が聞いて、時生はうなずいた。 「わな猟、見に来たハンター。ガソリンの匂いでわかったって」 「ガソリン漏れてたんだ? 時生、よく爆死しなかったな」  翔太が驚いて言った。 「煙は出てたとか……聞いた気がする」 「でも下敷きだったんだろ? 間一髪って奴だ」 「そうだな。言われてみれば」 「良かったです」  倫子が言って、時生と翔太も同意した。本当に良かった。 「そのハンターの方にはお話、聞けますか?」 「去年ぐらいに亡くなっちゃった。元気なおじいさんだったんだけど急に病気で。命の恩人だから、何回か話はしたよ」 「そうですか、残念です」  倫子がため息をついて言って、時生は思わず「ごめんね」と言った。 「じっとしてると寒いから、進むか戻るかしよう?」  翔太が言って、倫子は頭を下げた。 「あ、そうですね。撮影はしましたし、戻りましょう」 「はい。とりあえず、時生が超ラッキーだったってことはわかったな。こんなとこ、普通に何時間もいたら凍死してるよ。凍死しないようにバイクが温めてくれてて、しかも爆発しないでいてくれて、ハンターに見つかるようにくすぶっててくれて。時生はバイクに愛されてるな。廃車になったバイク。実は神なんじゃないの?」 「バイクの神様か……」  時生はうーんと考えた。 「鹿も神の使いだと言われてますしね」  倫子が言って、時生は神✕2か、とつぶやいた。
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