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今度、授業で作った鹿肉ジャーキー、持ってきます、と別れ際に倫子が言って、時生はそれにも喜んでいた。
倫子の家から真木家に戻り、翔太は車椅子の片付けと、時生の入浴介助もついでにした。
まだ表の店は客がいるようで、人の気配がしていた。店は7時までで、翔太が入浴介助をする日は、たいてい真木家の美味いまかない飯に誘われた。そして翔太もそれを心待ちにしていた。
時生をリビングのソファに座らせ、翔太は自分と時生の分の水をコップに入れて、時生にも渡した。
「興奮しすぎて、明日から虚無に襲われないようにしろよ」
翔太が言うと、時生は既にぐったりして「はい」と言った。が、表情は明るい。
「いい子だな」
翔太は時生に風呂上がりのルーティンでもある、簡単なリハビリ用の運動をさせながら言った。
「うん、僕のこと面白いって言ってたけど、向こうの方が面白いよね」
時生が少し元気になる。
「どっちもどっちかな」
翔太が言うと、時生は「えぇ?」と言いながらも笑った。
「髪の毛、ちょっとだけピンクのところがあるでしょ。ピンク好きなんですかって聞いたら、白髪を見つけたから、その周りだけピンクにしたんだって。その時、ドラッグストアで売ってたのがピンクでって。いや、茶色も黒もあるでしょって言ったら、なかったんですって真剣に言われちゃって。そうなのかーって」
「うん、ちょっと天然な感じがするな」
「周りがかわいいって言うから、続けてるんだって。考えてみたら、自分はあまりアクセサリーもしないし、髪型を工夫したり、くるくる巻いたりしないから、これぐらいしておけばいいかって思ったんだって。仕方なくパンツ穿いてる感じですって。変だよね」
「うん、変わってるかもな」
翔太は苦笑いした。同時に少し心配になる。時生は彼女にとって恋愛対象の範疇にいるんだろうか? そんな話をする相手ってのは、どういうタイプの関係なんだろう。
「怖くて聞けないんだけど、すごい年上の彼氏とかいそうだよな。それこそ、翔太さんとか、それよりもっと年上とかの」
「さぁ、どうだろうな」
「僕と勉強したり、山に行くぐらいは、余裕で許しそうな、スペック高い彼氏とかいそう」
時生は勝手に失恋しようとしている。
翔太は笑って手を止めた。
「時生、わからないことは気にしないんじゃなったのか?」
事故の後、時生が生きるために手に入れた武器はそういう考え方のはずだった。
「そうなんだけどぉ」
時生が言って顔を両手で覆い、それから手を離してため息をついた。
「パラリンピック、出たい」
「何、言ってんだ」
翔太は唐突な発言に笑った。
「メダル取ったら、勝てる気がする。イマジナリー・彼氏に」
「そうかそうか。頑張れ。ついでにノーベル賞も狙っておけ」
翔太が言うと、時生は少し顰め面をしたが、考えた後にうなずいた。
「そうだよな、狙うのは勝手だし、頑張ってみて損はないし」
「時生のそういうところは、映美さんの影響をヒシヒシと感じるよ」
翔太は褒めたつもりだったが、時生は何だか複雑そうな顔をした。
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