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ジビエレストラン『椛(もみじ)』には、サトルと、時生のヘルパーをしている大西翔太と時生の3人で行った。
ドンリンクチケットをくれた青山倫子が接客してくれ、おすすめについてもいろいろと説明してくれて、時生はいよいよ敵と対峙するんだなと気持ちを引き締めた。
「ここで扱ってる鹿って、交通事故に遭ったのもあります?」
時生が聞くと、倫子は目を丸くした。
「いえ……自己責任で食べる肉と違って、ジビエには厳格なルールがあって、それに則った処理をしないと提供できないんです」
そう教えてくれて、時生はそうなのか、と少しがっかりした。
倫子がその反応に戸惑った顔をしたが、それを見たサトルが「ごめんねぇ、質問は以上です」と彼女を解放した。そして時生は2人に怒られた。
「時生、説明しにくい話題を振るんじゃねぇよ」
「え? 交通事故の原因が鹿です、って言うだけだろ」
と言って、サトルに頭を叩かれた。
「いきなり言われる身にもなってみろ」
「初対面でそういう話されたら重いよ」
翔太が先輩ぶって言う。翔太は時生やサトルより10歳上なので、実際に人生の先輩だ。
「初対面じゃない。2回目」
時生が言うと、2人は「一緒だよ」と言った。
そうかな。時生は自分の感覚が少し麻痺しているのかなと考えた。
そうこうしているうちに、料理がやってきた。
鹿肉ステーキ丼を前にして、時生は事故のことを少しだけ考えた。
実のところ、事故のことはよく覚えていない。
でも病院で聞いた話では、でかい鹿にぶつかって、ふっとばされて、冬だったからアイスバーンで、森の中だったから交通量が少なくて、それで通報も遅れて足は切断に至ったという話だけは聞いた。
だから鹿は敵だ。
事故以来、鹿はあんまり見たくもなかったし、ましてや食べたいとも思わなかったが、時間が過ぎたことで、食うってのはいいんじゃないかと思った。何より、野生動物は食うか食われるかなのだ。そういう自然の摂理に従うってのは名案だと。
サトルと翔太が固唾をのんで見守る中、時生は箸を取って丼の肉と米と肉に乗っているネギを大きく掬った。
そしてパクリと口に入れる。
「おお」と2人が顔を見合わせ、時生は咀嚼した。
そしてゴクリと飲み込んで、時生は両手を上に突き上げた。
「食った」
「おめでとう!」
サトルと翔太が拍手をして、他にいた客が誕生日か何かかと微笑んだ。
「この場に立ち会えて、僕も光栄だよ」
翔太が嬉しそうに言い、時生は2口目を頬張った。
美味い。
「何かのお祝いですか?」
鹿肉コロッケを運んできた倫子が言って、翔太とサトルが「ええ、まぁ」とごまかした。
「勝利のお祝いです」
時生が言うと、2人は余計なことを言うなという目で睨んだが、倫子はあまり気にせず微笑んだ。
「おめでとうございます」
彼女が言って、時生はへへっと笑った。
「ジビエの活用について勉強してるんだよ、青山さん」
サトルが言って、時生はなるほどと納得した。勉強のためにも、こういう店でバイトをしているのか。
「料理を勉強してるんですか?」
時生が聞いたら、倫子は首を振った。
「野生動物と人間との共生について勉強していて」
倫子が言って、時生は「すごい…」とつぶやいた。倫子は否定しながら笑ってペコリと礼をして他のテーブルに去って行った。
「大学ってそういうことも勉強するんだ」
時生が言うと、サトルが大げさにため息をついた。
「時生、うちの大学の共生生命学は先端だぞ。産学連携で商品開発もやってる。おまえも来るか?」
そう言われて、時生はちょっと考えた。
「受験するか、ってこと?」
「まぁ、そうだよな。裏口入学じゃなけりゃ」
「はぁ……受験か」
時生は現実味がなくて首をひねった。
「その気なら、俺、家庭教師してやるけど?」
サトルがほろ酔いで言い、翔太も「頑張ってみる?」とそそのかした。
時生はうーんと考えて、答えは保留にした。
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