3/6

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
*  サトルが送迎をしてくれることになっていたので、時生はサトルと向かい、倫子は酒井ヒマリと店の前で待っていた。  それぞれ、初対面ではなかったが、一応互いの紹介だけして、サトルとヒマリは別のところで時間をつぶすと退席した。おそらく、デートにピッタリなオシャレカフェにでも行くのだろう。 「お時間割いてもらってありがとうございます」  倫子はテキパキした感じで言った。それは店でのアルバイト姿と印象は変わらず、きっと純粋な学問的な好奇心で事故の話を聞きたいのだろうなと思わせた。 「いえ、こっちこそ、いいもの、食べさせてもらって。青山さんはいいんですか?」 「はい、気にせずどうぞ」  倫子はニコッと笑って、自分の紅茶を飲んだ。  食べながら話を聞かれるのかと思っていたら、食べている間はほとんど貝の話しかしなかった。幌戸の海産物トリビアを彼女から聞き、時生は感嘆しながらホタテソテーを食べた。 「私が野生動物との共生を勉強しようと思ったのは、うちの両親の実家の方が、鹿や猪の被害も多くて、食害がひどくて。熊は滅多に出ないけど、出たらもう大騒ぎだしね。小動物もなんだけど、農業のためには何とかしないといけないけど、自然を破壊したいわけじゃないし、殺したいわけでもない。どういう形があるんだろうっていうのは、綺麗事じゃなくて、生きるための課題って感じで選択したんです」  時生の食事がだいたい終わったとき、倫子がそう言って説明をした。 「貴重な野生動物を保護することも大切だし、それが人間を粗末にしてもいけない。ここにしかいない種類もたくさんいるけど、一方で増えすぎているってデータがある種もある。バランスを壊したのは人間かもしれないけど、それを少しでも戻して自然の姿に返したいという気持ちはあって」 「僕の事故のときの鹿も固有種でした。保護対象になってて、僕、罰金になるのかと思ったら、そうはならなくて、あれは意図的に殺した場合らしく、安心しました」 「鹿は事故のときに死んでしまったんですか?」  倫子は真剣に時生を見て聞いた。メモも録音もない。本当に聞くだけなんだと時生は思った。 「はい。バイクが吹っ飛んで、僕も吹っ飛んで、鹿も死んだそうです」 「バイク事故なんですね」 「はい、オフロードバイクで。知ってます? 山の中とか走るやつ」  時生がスマホで検索して見せると、倫子もそれを見てうなずいた。 「事故のことは、実際には覚えてないんでしたよね?」  そう言われて、時生はうなずいた。ちょっと聞き方が刑事っぽいなと思う。 「はい、覚えてないからトラウマにもなってないんです。黒い影がドーンて落ちてきたなと思って、あ、ヤベッてなって、スローモーションで黒いのが近づいてきて、次の瞬間、病院だから。事故の話は後から家族に聞いたんです。家族も救急の人とか警察の人から聞いたとかだし、違う人の話みたいで、今もよくわかんないんです」 「そうなんですか……。怪我のこと、聞いても大丈夫ですか?」  倫子が言って、時生はまたうなずいた。 「手っ取り早く見ますか?」  時生は車椅子を少しテーブルから離し、彼女が見えるようにした。そしてゆったりしたジーンズ素材の裾をまくった。右は膝先まで空洞で、左は安いスニーカーをひっかけているが、靴下は足部分がないので水筒カバーみたいになっている。 「ありがとうございます」  倫子はそれを見て、大変ですねとか、お気の毒にとか言わずに、礼だけを言った。それは医者みたいな反応で、時生は内心苦笑いした。自分はやはり観察対象みたいな感じだなと。 「最初にお店に食べにきてくれたとき、勝ったって言ってたじゃないですか」 「はい」 「あれは…どういう感じなのかなと思って」  そう言われて、時生は少し考えた。うまく伝えられる気がしないが、やってみる。 「僕、16の冬に事故ったんですけど、今年20で、20歳って、ちょっとキリがいいじゃないですか。親にも迷惑かけたし、何か変えたかったんですよね、事故に対しての気持ちも。ずっと考えてて、事故の後は、鹿はずっと嫌いでした。動物全体がいつ何してくるかわからないものみたいな感じで、怖かったんです。でも豚肉も牛肉も食えるなと思って、そういえば鹿も食えるなって」  話が破綻してないかなと時生は少し考えた。うん、大丈夫だ。 「食うってのは、食物連鎖的で、弱肉強食って感じで、一つの戦いな感じがしてて、苦手だけど食うってことは勝利じゃないかなって思ったんです。単純だけど制覇した感じがすると思って。バカみたいだけど、僕にとっては儀式みたいなもので」  倫子が首を振って、バカを否定してくれ、時生は笑った。 「ただ、それで不味い肉は食えないと思ってたんですよ。動物としての鹿が苦手で、肉としての鹿もイマイチってのは、別の問題生まれそうで、それで評判のいい店を探してました。そういうことをふわっと考えてるときに、ここで後ろから鹿肉ステーキを絶賛する声が聞こえたので、思わず」 「そうだったんですね」  倫子は嬉しそうにした。そしてすぐに聞く。 「どうでした? 盛り上がっていたみたいなので、大丈夫だと思うんですけど」 「美味かったです。通院の帰り道に近いので、また行きたいです」 「通院、されてるんですね。後遺症とか、ですか?」 「それは経過観察で半年に1回とかなんですけど、リハビリに行ってて、片足でも立てたら、けっこう不便さが減るので。でも足をずっと使ってなくて、筋肉がひょろひょろで、あと、ちょっとうまく動かないので練習をしてます。2年…ぐらい事故の後は、何もする気がなくてサボってたので」 「何かきっかけがあったんですか?」 「きっかけ……。選挙かな」 「選挙?」  倫子が驚いたので、時生も驚いた。そんなに意外だったかな。 「18になって、選挙の投票のはがきが来て、車椅子でも、高校中退してても、選挙のはがき来るんだなって思って、社会から見捨てられてない気が急にしてきて、選挙に行ったら、地元の学校でやってるから、知ってる人とか同級生がいて、それで、高校卒業してないって言ったら、いつ卒業する? 卒業したらどうこうって話になって、あ、卒業してみようかな、みたいな、で通信制に入って、足りない単位を取ってます。大学受験は考えてもみなかったんですが、どうしようかなって感じで」 「へぇ……興味深いです」 「僕、問い詰められるのかと思って構えてたんですけど、違ってて良かった」  時生が言うと、倫子は目を丸くした。 「何を問い詰めるんですか?」 「人間が森の中に勝手に道を作って、勝手に暴力的な鉄の塊走らせて、事故を起こして殺して、それについて、どう考えます?みたいな」 「そんなこと……言われたことあります?」 「ないです、けど、そういう見方もあるよな、と」 「そうですね、たまに動物愛護に熱心な方は、動物のために人間は犠牲になるべきという論調の方もいますね。でも人にとって、その道は動物を殺すために作ったものじゃないですし、結果として事故があるなら、何か対策を考えるというのが共生なので」 「そうか……共生なんか考えてる人って、僕は神の目線なのかと思ってました。偉そうにどっちにも利益があるようにバランス考えるみたいな。じゃなくて、もっと地面にいるんですね」 「地面にいます」  倫子が含み笑いで言って、時生はホッとした。 「私は猟にもついて行ったことがあります。いずれ資格も取りたいし」 「猟、って鉄砲の猟ですか?」  今度は時生が驚く番だった。 「はい。銃を使うものも、わな猟も、それぞれ一度ずつ。解体も見せてもらいました。命をいただくということは、すごく考えることがたくさんありました」 「すげぇ……徹底してますね」 「でも、真木さんがお店で、事故に遭った鹿も食べるのかって聞かれて、食べないなと思って、真木さんが残念そうだったので、どういう心境だったのかなと想像してました」 「いや、別に、単なる興味です。ヤツも食われてたらいいな、ぐらいの。別に深い意味はありません」 「鹿を食べて、勝った後って、何か気持ちは変わりました?」  そう言われて時生は難しいなと考えた。 「食ったからというよりは、青山さんが勉強してる内容に興味が出て、大学って考えてもなかったから、受験はあのときに鹿肉を食って意識しました」 「え。そうなんですか。共生を勉強するんですか?」  倫子が同志を得たように顔を輝かせ、時生は苦笑いした。 「いや……大学って調べてみたらいろいろやってるなって……AIとかは興味あります」 「そうなんですね。AIも先端ですもんね。共生にも生かす研究されてますよ、動物をカメラでキャッチして警報鳴らすとか」 「そっか。いろいろつながるのか」 「はい。幌戸大は志望に入っています?」 「自宅から通えるのは、ここだけなんで、一択です」 「ああ、そうなんですか」  倫子はそう言いながらも、おそらく近隣の地区の大学を思い浮かべたのだろう。が、口には出さなかった。交通手段で大学を選ぶということも、一人暮らしのハードルの高さもはっきりとわからないのだろう。そりゃそうだ、と時生も思う。自分だって街で車椅子の人を見かけても、あんまり何も思ってなかった。今じゃ1人でスイスイ行く人を見ると尊敬する。 「実は私も、こんな質問してどういうつもりですかって、怒られるんじゃないかなって、すごくドキドキしてました。真木さんが優しい人で良かったです」  倫子が言って、時生は肩をすくめた。別に優しくはないと思う。 「椛にまた来てください。夜だともっとメニュー多いし」 「夜は、介助の人の都合がつきにくくて。1人では街中は……なんか動きにくくて」 「あ、そうなんですか。そうか……なかなか不便ですね」 「障害って言われる所以です」  時生が言うと、倫子はうなずいて、それからそっと時生を見た。 「良かったら、またお話聞かせてもらってもいいですか? あの……本当に私のことで申し訳ないんですけど、交通事故に遭った動物のことは考えてたんですけど、人側のことはすっかり抜けていて。今回のこともとても勉強になりました」 「ああ、いいですよ。アカウント繋ぎます? サトル通してもらってもいいですけど、いちいち面倒だし」 「わぁ、いいですか」  倫子がスマホを出し、時生もポケットから出した。 「あ、そうだ。うちに角ありますよ」  時生は写真あったかな、と過去の写真を繰った。 「あった。これ」  時生は自室に飾ってある対の鹿の角を見せた。 「すごい……立派ですね」 「これ、僕が事故ったときの鹿の角です」 「え?」 「記念にもらっておきました。仇なので。角、格好いいですよね。そういう面では負け感があって、対抗意識出ていいです」  時生が言うと、倫子は笑った。 「面白い人ですね」と。  時生はそうかなと首を傾げた。割と本気なんだけどな。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加