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*    交通事故、あるいは鹿は、時生の移動手段をいくつか奪ったが、足が動かないわけではないので、リハビリをすれば、杖は必要だとしても義足で歩けるようにはなると言われていた。  ただ、事故から2年ぐらいはそうしたいと思うこともできず、だからといって死にたいとも思わなかった。つまり虚無だ。  単独事故だったし、誰かに責任を問うわけにもいかず、鹿は死んでおり、野生の鹿に飛び出しを禁じるわけにもいかず、運が悪かったと思うしかないのは理解していた。だからこそ、気持ちの行方がなくて虚無になっていた。  やりたいことが何もないということは、時生の人生に初めて訪れた時間だったので、それ自体が苦痛だった。ひたすら家を出たいとか、自由になりたい、何なら世界に一人ぼっちになれる場所を探したいとさえ思っていたのが、本当にそういうところへ行ってしまうと、「は?」という感じだった。  虚無の川に流されてたゆたっていた、もしくは氷漬けになっていたのが約1年半。  むくっと起きたのは、18になった年の夏だった。  選挙権を得て、選挙に行った。  そこで久しぶりに社会というものとつながった気がして、時生は投票をした日に、放置していたSNSのアカウントを閉鎖するためにログインした。  1年半、未読のメッセージがいくつかあって、時生は読まずに捨ててしまおうと思っていたが、サトルのアカウント名が目について、これだけは読んでないと後で面倒そうだなと思って読んだ。で、結局他のも全部読んでしまった。  別にプロを目指していたわけではないが、近くに山があったので、最初は自転車で走り回っていて、オフロードバイクのレースを動画で見た時に興奮し、中学生の時に近所にコースができて始めた。近所といっても起伏のある頭を2つほど越えなければならなかったが、頑張れば自転車で行けたし、店の休日は父が車で連れて行ってくれた。  高校生になって、たまに小さなレースにも出るようになり、SNSで仲間を得たり、応援してくれる人もいて楽しかった。  事故でSNS更新は途絶えており、最後の更新は新しいパーツを手に入れたという楽しそうな写真で終わっていた。そこからプツンと途絶え、どうしたのかなぁというダイレクトメッセージが1年前にいくつか来ている。  もうバイクに乗ることはないだろう。  そう思った後、時生は自分の車椅子を見た。  これも言わば乗り物の一つだよな。  車輪もある。  何だか突然、心が高揚し、それから時生は夢中でスマホで車椅子スポーツを検索した。  オフロード用の車椅子を知ったのは、その時だった。  SNSのアカウント閉鎖はとりあえず先延ばしにすることにした。
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