ただこの時に、全てをかけて、君に託す

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「沢目先輩、久しぶりです」 「ん、元気そうだな」  五月の連休、陸上競技場でストレッチをしていると、どこか柔らかい笑みを浮かべた鍬田が近づいてきて、俺の隣で腰を下ろした。 「先輩はしんどそうですね」 「やっと走れるようになったんだ。ぼちぼちやるさ」  最後の駅伝が終わると、足の疲労骨折が発覚した。駅伝当日だけが原因ではないけど、過負荷が最後の一押しになってしまったらしい。どのみち卒論や就職で走れるような状況ではなかったけど、しばらく練習禁止を食らっていた。 「急いでくださいね。今年の駅伝は勝ちに行くんで」 「去年も勝っただろ」  去年の駅伝、一斉スタートで走り出した鍬田は区間賞の走りで前にいた選手をことごとくぶち抜き、順位を全体九位に押し上げた。 『先輩が区間二位の走りでこれを届けてくれたんです。もう区間賞で勝つしかないなと』  区間賞のインタビューに鍬田はそう答えていた。“これ”といって鍬田が掲げた白い襷のことをインタビュアーは不思議そうに見ていたらしい。  そんなこと言われたら、約束通り引退を撤回するしかなかった。地元の社会人チームに入って、これから少しずつ練習を重ねていくつもりだ。 「今年はマジで勝ちに行きます。去年のレース見て、強い奴らが入部しました」  鍬田の笑みが勝気なものに変わる。誰もがノーマークだった大学が、途中で転倒というアクシデントに見舞われつつ、最後の二区間で大躍進して九位になった。  それはそれなりのインパクトを持って、駅伝で勝つためにうちの大学を選ぶ学生を増やしてくれた。あの時繋がらなかった襷は、それでも未来を繋いでくれた。 「優勝したって吉報、届けますから。楽しみにしててください」
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