かさじごく

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 転生した男は、前世で生きていた頃より少し先の時代の日本で、また男児として生まれた。 「あんたの名前はパラソルや。衣笠(きぬがさ)晴反(ぱらそる)」 「ええ名前やなあ。どや、気に入ったか?」  両親にそう言われて抵抗するようにホギャーと泣いたが、元気な産声やなあと一蹴された。  晴反はとにかく傘に嫌われた。  物心がついた頃、自分専用の傘を与えられたが、雨の日に初めて使ったその瞬間、突風で体ごと飛ばされた。強風に煽られた傘に引きずられて電柱へ叩きつけられ、全身擦り傷と打撲の怪我を負った。傘は反り返り、すべての骨が折れていた。  何度買い直しても、傘を使うたびに同じようなことが起こった。 「あんたはよう傘を壊しよるなあ!」  母親はそう言って憤り、雨の日は合羽を着用するよう命じられた。  やがて年齢が上がるにつれ、それは周囲の子供たちのからかいの対象となった。 「あいつ、パラソルのくせに合羽着とるんか!」 「そもそも衣笠晴反て、名前からしてけったいやなあ」  そんな感じで馬鹿にされ、友達はできなかった。  思春期に入り、異性のことが気になる年頃になった。  だが気になる女の子ができるたび、すぐに相手が別の男と相合傘で歩いているところを目撃した。  それだけならまだしも、酷いときには気になる女子が晴反の陰口を叩くところを偶然立ち聞きさせられることもあった。 「最近な、あのDQNネームがしょっちゅううちのことチラチラ見んねん。キモすぎるわ。高校生にもなって雨の日に合羽着とるとか、ダサすぎやろ」  なるほど、これはなかなかの地獄だなと涙をのんだ。  両親は、悪びれもせずに晴反などという名付けをしたおめでたい頭の持ち主ではあったが、職業はともに伝統的な和傘職人だった。腕もそれなりにいいらしい。  晴反も将来はその道へ進むよう、物心ついた頃から傘作りの技術を仕込まれた。食う、寝る、学校へ行く以外の時間はその修行を強制され、それ以外の行動は許されなかった。友達ができなかった理由のひとつでもある。  来る日も来る日も自分では使えない傘作りばかりさせられ、まさに気が狂うような思いをしていたが、そのかいあって、やがてもう少しで両親を納得させられるところまでこぎ着けた。 「惜しいな。あと一歩や。もうひと頑張りでおまえも一人前の傘職人やで」  父親にようやくそう言われた頃、自宅を併設した工房から火が出て、すべて燃やし尽くされた。建物も、それまで作り溜めてきた練習作品も、素材も、そして両親も。  さらにその火は延焼し、近隣一区画を焼き尽くすような大火となり死人も出た。その賠償として、死んだ両親に代わって多額の借金を負うことになった晴反は、閻魔大王が説明していたあの地獄のオプションをはっきりと思い出していた。 (ははあ。これが傘を十本盗んだもんのオプションいうわけか)  両親が死んだ悲しみに加え、これからさらに襲い来るであろう地獄の苦しみに震え上がった。
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