かさじごく

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 晴反(パラソル)は傘に嫌われた上、重度の雨男だった。傘の呪いのせいか、名前のせいか、はたまたその双方のコンボによるものか。  ともかく気象予報で降水確率が0%だろうと、行く先々で天気の急変を引き起こした。彼が現世に生まれてこの方、この土地は日本一降水量の多い場所となっていた。  彼の人生、約半分の日数は雨に降られた。  だが彼はもう傘を盗まない。盗んでもどうせ壊れて濡れる。合羽を着て歩くのも、周囲の視線が痛すぎてやめた。  よって雨に打たれるがまま歩くようになったが、当然それはそれで何かと支障が出た。  和傘職人の道を断たれた後、心ある親族の伝手でどうにか職を得ることができた。大手メーカー傘下の零細企業での外回りの仕事だった。  仕事の際、髪もスーツもびしょ濡れで顧客へ訪問すると、先方の担当者が顔をしかめた。 「そんなずぶ濡れで来られても困りますねん。大事な書類もダメにしてくれよって。もうええ、おたくの会社との取引はやめや。帰っておくれやす」  似たようなことが続いて会社をクビになった。  無職になった晴反は、昼間から公園のベンチに座ってただただ雨に打たれた。 『わしゃあ元の持ち主にそりゃあ大事にされとったのに、おまえは用が済むとぞんざいに投げ捨ててくれよったな。このクズが』 『おまえが傘を盗んだせいで、わしの本来の持ち主はずぶ濡れんなって風邪をこじらせて、肺炎なったんやで。あわや死ぬとこやった。どないしてくれんねん』 『わしの持ち主やった子供はな、ランドセルの中身までずぶ濡れんなった上、傘を失くしたことでヒステリーな親にこっぴどく折檻されとったわ。可哀想に』  子供の頃から、体中に降り注ぐ雨の音に混じってそんな恨み言が聞こえていた。まるで念仏のように。これが傘泥棒五十本のオプションらしい。 『うちのご主人はな、傘を盗まれたせいで雨やどりしとって、たまたま奥さんの不倫現場を見てしもうたんや。傘がありゃあそんなもん見ずに済んだのに、不憫やわぁ』 (いやいや、そりゃあ前世(おれ)が悪いんか?)  たまにそんな逆恨みもあったが、大半は非常に心をえぐられるものだった。  雨粒の落ちてくる空を睨みつけ、晴反は雨上がりを切に願った。   (そんな降らんでもええやろ。ああもう、なんでおればかりこんな目に遭わんならんね)  すると、おぼろげに前世の記憶が蘇ってきた。あれは前世の彼がまだ年端も行かぬ頃だった。
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