かさじごく

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かさじごく

 ある男が現世での寿命を終え、閻魔大王(えんまだいおう)の裁きを受けにやってきた。  亡者の生前の善行や悪行を映し出すという浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)を覗きこんだ閻魔大王は、その真っ赤ないかつい顔をさらに恐ろしく歪めた。 「おまえは傘ばかりえらいようさん盗みよったな。ええと、千四百十二本。ほんまかい。千本越えしよったやつは初めてじゃ」 「へえ。出先で雨が降るたんびに盗んどりましたからな。自分で傘を買ったことは生涯いっぺんもおまへん」 「ドヤ顔で言うなや。褒めとりゃせんわ」 「そやかて閻魔はん、傘持ち歩くん、えらい面倒でっしゃろ。いっそのこと全人類で世界中の傘をシェアして、そこいらにあるやつを適当に使って、要らなくなったらまたどこぞに捨て置くいうルールを普及したらどないでっしゃろ」 「ええい、開き直るな。おまえの所業でどれだけの人が迷惑したと思う。おまえは地獄行きじゃ。盗んだ数に応じてオプションがつく。これ、赤鬼。一覧表をこれへ」 「へーい」  閻魔大王に言いつけられた赤鬼が、巻紙を持って来て広げて見せた。 〜傘泥棒用 地獄オプション一覧〜 ■十本:気が狂うほど傘を作る(ただし完成間際に鬼が壊しに来る) ■五十本:盗まれた傘の恨み言を四六時中聞かされる ■百本:傘で体中を貫かれる ■千本:転生して傘に呪われた人生を送る  と書いてある。  それを読んで、男は感心したようにため息を漏らした。 「ポイント制みたいなもんでっか。地獄もえらいシステマティックやなあ」 「最近はな、ここへ来るもんもクレーマーが増えておる。その時の気分で裁いておると不公平だと騒ぐやつも多いんじゃ。よって明確な基準をもうけた」 「はあ。閻魔はんも大変なんやなぁ」 「傘泥棒以外にも色んなコースがある。化粧品をようさん万引きしよったオバハンは今、転生して化粧品に呪われた人生を送っておる。あらゆる化粧品と紫外線のアレルギー体質で肌荒れ起こしまくって、(ただ)れた顔のまま生きるいう地獄じゃ。おまえも千本越えしたによって、このオプション全部じゃ」 「え、全部でっか」 「当然じゃ。まず別の人間として娑婆へ戻れ」 「はあ。人間に生まれ変われるんなら、かえってラッキーですやん。ええんですか」 「そう言うておれんのも今のうちじゃ。生き地獄の転生を終えたらその後は、灼熱地獄やら血の池地獄やら、まあポピュラーでスタンダードな地獄へ落としてやる」 「そんなあ」  そんなやりとりの記憶だけを残して、男は再び人間として生まれ変わった。  だが、転生後の人生は、生まれ落ちた瞬間から生き地獄が確定した。
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