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渡辺
渡辺という男はもうすぐ四十歳になる。逆張りな男で、政府の大幅なガス使用制限を受けるまでは風呂もコンロもガスを使っていたし、制限されてからは湯舟に浸からず、ガスコンロも撤去して一切の料理をやめた。
離婚によってただ広いだけの一軒家に、渡辺は取り残されたのだった。
嫌々買ったIHコンロはもはや湯沸かし以外の用途では使わず、湯沸かしポッドで十分だったと思わなくもない。
金曜日の朝、会社に向かう前にテレビをつける。
『天気制御装置の故障によって梅雨が延びたことを受け、次の雨の計画は来月以降とすることを、』
ニュースを聞く。
どうやら、当分晴天らしい。
渡辺の朝食は、菓子パンと二枚のハム、牛乳のセットである。
男は愛車を眺めながら、電動式自転車で会社へ向かう。渡辺の愛車はハイブリッド車である。
ガソリンが制限されて、すべてのガソリンスタンドが水素ステーション、充電スタンドに変わったこともあって、ガソリンを入手しようとすれば何ヵ月の給料を溶かすことになるか。
「最後は相棒と遠出したい。ならば、あと一回か」
自転車を降りて電車に揺られる。
誰もがスマホに夢中で、その表情は明るい。
最近好みのイラストと声、性格のキャラが生活をサポートしてくれる人工知能が流行っているとのことらしい。
世の中は変わっていく、だが誰もがそれを認めるわけでもなく、渡辺という男のように技術に取り残される者もいた。
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