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奇妙な約束
土曜日に、渡辺は高校のときにつるんでいたグループに所属していた中村という女性からダイレクトメッセージが来ていることに気づく。
大学に入学してからつぶやきに反応し合うことはあってもメッセージを送ることはなかった。
情報商材を売りつけられるのか?
渡辺は恐る恐るスマホを開く。
『渡辺くん、私さ。一人になっちゃった』
ん? 怪しい、というか確定ではないか。
何か仕掛けてくるなら、青文字のリンクはタップするだけでも危険だ。
そんな古典的な方法で個人情報が抜き取られるのは、渡辺の僅かに存在するプライドが許さない。
次のメッセージが黒字であることを願うばかりだ。
まずは、渡辺から続けることにした。
『秘密の質問、高校のときのクラスを教えてほしい。中村さんのでもいいから』
『一年が三組、二年が六組、三年が七組。渡辺君とは二年の時だけ同じクラスだった。こういうので良かった?』
『本物だということは分かった』
『乗っ取られているって思ったってこと?』
『ああ』
『違うから。私、夫を亡くして、葬式とかいろいろ終わって。でも誰にも話したくなくて、幸せな人とはね。それで、ガソリン買い足せないって辛そうにしてるバツイチくんがいて。久しぶりに話そうかなと』
『ひどくない?』
二人は合計で五時間ほど連絡を取っていた。
渡辺は愛車をもうすぐ手放さなければならない。
中村は夫と死別して虚無感に襲われている。
『じゃあ暇なのか?』
『流石バツイチ、信じられない』
『それは悪かった。なら、一緒にドライブ行くか?』
『未亡人と分かったらすぐ手を出そうと? サイテー』
『そうじゃなくてだな』
『そういえば、高校二年の時に私彼氏いたのに告白してきたもの。綺麗な人だったら誰でもいいみたいなこと?』
『いやいや、暇ならだな、俺の愛車に乗ってくれないか? 最後に俺だけってのもいいかもしれないが、助手席でも後部座席でもいい。あいつは広々空間が強みなんだ』
『なら、いいけど』
愛車にとって最後は一人よりも二人の方が嬉しいはずだ、渡辺は思う。
こうして、高校の時の友人同士、しかしそれ以上でもなかった二人の、バツイチと未亡人が『あと一回』だけ走行できる車でドライブするという、あまりにも奇妙な約束が結ばれてしまったのだ。
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